今回は、国から支払われる年金の話です。なんとなく運用を行うのではなく、運用にゴールの設定を行ったり、適切なリスク管理を行う際に影響してくる要素に「社会保障のカバー範囲」があります。国がカバーしてくれるものを個人が備える必要はありませんし、あえて個人でも備えようとすれば途方もない準備金額になってしまうからです。

先日、国の年金についてさらに不安をあおる新聞記事やニュースが出てきたことを覚えている人も多いと思います。今回は年金不安の「適当な理解の仕方」と「70歳を意識した老後準備」のポイントをまとめてみます。

年金の破綻リスクは本当に高まったのか?

6月3日、社会保障審議会年金部会が開催され、公的年金の財政検証結果が示されました。翌日の新聞報道で「年金はこのままでは代替率30%台に低下!」などと報じられて、不安を感じた人も多いと思います。

私はここ5~6年間は年金関係の審議会は基本的に傍聴しています。この日も現場で傍聴をしていたのですが、現場の雰囲気と比べるとずいぶん悲観的な(率直にいえば悪意のある)報道をしているものだな、と感じています。

現場にいた年金部会の委員のおおむねの感想は「年金制度そのものの破綻の心配はほとんどないことが確認された」というものでした。年金制度に限って言えば、保険料収入と年金給付をバランスさせる仕掛けを組み込んでいるのでほとんど破綻するリスクがないからです。少子化にも歯止めが見られており、過去の見込みより楽観できる部分もあるほどです。

むしろ破綻のリスクは年金制度の問題に隣接したところに課題があるというのが年金部会のおおむねの意見でした。つまり、「年金制度の改正だけでは改善できない社会的テーマ、つまり、少子化の下げ止まり、女性の社会進出、高齢者雇用、わが国を含めた世界の経済成長(による運用益の獲得)などが、年金制度の盤石さを決定付けるだろう」ということです。

よく、GPIF(国の年金運用)の運用能力が破綻の有無を決定付けるかのような論調がありますが、これはおおむねナンセンスです。図体がでかすぎるファンドになってしまっていることとリスク管理を行う必要性(大きく負けることを国民は許容しない)ため、GPIFと運用委託先がいくらがんばったところで、インデックスの運用成績を数%アウトパフォームするのがせいぜいだからです。日本株がマイナス10%の年に、GPIFがプラス10%をたたき出すことは不可能なのです(仮にプロ中のプロというあやしい人物がいたと仮定しても)。

年金運用の難しいところは、リターンの追求がリスクの拡大につながるところで、これは将来の年金原資確保に不安が生じます。しかしリスクを抑制するほど、無条件にリターンを獲得できなくなります。また、インデックスベースでの収益率の獲得が年金財政に影響を及ぼすとなれば、これは年金運用の問題はポートフォリオだけであり(それはそれで重要ですが)、経済成長については年金の問題と言うより政治や経済政策の問題が高まってくるのです。

繰り返しますが、最悪のシナリオで描かれている所得代替率30%台というのは、

「少子化はもっと進む」

「女性は社会進出しない」

「高齢者は働かずすぐ年金をもらう」

「経済は伸び悩む」

という前提によって到来する年金の未来です。

そんな世の中になった場合、医療を含めた生活インフラは不安定化し、治安も悪化していることでしょう。年金制度の維持を行う以前に日本そのものが弱体化し、私たちは毎日不利益を受けているはずです。要するに日常生活に悪影響が起きている世の中であり、そんなとき年金だけ盤石に支払われるはずがありません。

最悪の未来が日本に来たとき、年金が大幅に減るのは当たり前で、それを年金だけの問題で論じるのはほとんど意味がありません。こういう「最悪シナリオ」だけを取り上げて年金不安というのはどうだろうか、と思います。

今回の財政検証結果を私が一言で総括するならば、「年金の将来は、『年金外』に委ねられていることがはっきりした」ということです。多くの報道は意図的に悲観論をミスリードし、年金にのみ責任を押しつけているような気がします。

しかしながら70歳年金は避けられない

しかしながら、ひとついえそうなことは「年金の減額に備える必要がある」ということと、「年金の受給開始年齢が70歳という覚悟はもう必要だ」ということです。これは年金制度の中で白黒をつけるべきテーマです。

ただし、これは必ずしも年金改悪という話ではありません。国民年金の例をあげて年金局長が質疑に応じていましたが、

「(1)このままでは公的年金水準は引き下げていくことになる(マクロ経済スライドは15%くらいの水準低下を織り込んでおり、これにより破綻リスクはほとんどなくなった)」

「(2)その分、長く加入して保険料を納めた場合には、従来の計算より年金額を増やせる仕組みを考えたい(現在は20歳から60歳まで40年加入するので、年金額の計算が40分の40になるところを、40分の45とみなせば、12.5%の年金増になる)」

としていました。

これはなかなかおもしろいアイデアです。現状の制度を前提とするので年金水準のカットは避けようがないが、長く働くことにより年金受給権もアップするので、給付減を補うことができるというわけです。またそのとき所得代替率もアップすることになります。

簡単に計算をしてみましょう。仮に国民年金制度が満額で100もらえるとして、15%カットが行われた場合、85まで目減りすることになります。

しかし、65歳まで5年長く保険料を納めた場合、満額が12.5%アップしますので下がったと思われた85は95.625まで回復することになります。5年間の保険料納付により目減りした分を取り戻すチャンスが生まれるわけです。

同じように、厚生年金についても長く働いた場合はそのあいだ払った保険料をリタイア後の年金額アップに回すことができるので、年金水準引き下げの影響を取り戻すことができます。こういう改正なら、悪くない見直しということになります。

(私は、従来40年払ったらもらえる年金額の同額を45年払わないともらえない改正、つまりさらなる減額を試みると予想していたので、うれしいサプライズです)

しかし、こうした改革が意味するのは「60代も働く」というテーマの実現です。

リタイアメントプランにおいて長く働くのはとても効果的である

現状において65歳の男性は平均約19年の老後があります。これはまだ3~4年の平均寿命の伸びがあると予想されており、最大なら23年のセカンドライフを考えなければなりません(もちろん、100歳まで長生きすれば35年もありえます。また、女性はもともと24年の老後が見込まれるので、寿命が延びれば老後は標準的に28年になります。どちらも長期化した場合、シミュレーションがばからしくなるほどブレ幅があります。23年はあくまで目安です)。

20年を超える退職後の生活期間、というのはいかにも長すぎる時間です。公的年金の給付引き下げの一因は老後が長すぎることですし、個人にとっても老後の準備ノルマがあまりにも高いものとなっています。

22歳から60歳まで働くとしたら38年ありますが、その間に老後の28年分の生活費を貯めようと考えるから無理がでます。仮に60歳リタイアで老後を28年見込み、毎月10万円の取り崩しをする場合、準備額は3360万円です。現役時代に毎年100万円ペースで貯める意識が求められますが、実現はほとんど困難でしょう。

しかし、70歳リタイアで老後を18年と見込むことができれば準備額は2160万円と圧縮できます。また、引退時期を先延ばしすることで、国の年金額を少し増額させるだけでなく、個人的な老後資金の準備期間を長く取ることができます。仮に22歳から70歳まで働ければ、資産形成の時間を48年と長く取れるからです。18年分の資金を48年かけて貯めるのと、28年分の資金を38年で貯めるのとが、どちらがラクかは明らかです。

確かに、今現在を考えると60歳以降は資産形成の好機とはいえません。60歳以降の継続雇用の賃金は定年前より大幅に減額され、生活費をまかなうので精一杯だからです。しかし、定年延長を行う企業が少しずつ増えているように、10年以上先をにらめば、60歳代もあまり年収を減らさずに働き続けられると予想されます。

団塊世代が65歳を超えてきた今、むしろ労働力人口の目減りは厳しい状況にあり、働ける人や能力のある人にとっては年齢は関係なく稼げる時代になるはずです。

そうなれば60代の10年間は「稼いでもトントン」から「完全リタイアまでに少しでも資産形成を計るラストスパートの10年」に変化してきます。

お金を取り崩す老後が5年短くなり、お金を貯める期間を10年延ばすことができれば、これは大きなチャンスです。

老後のお金の準備に油断はできない

さて、今回のコラムは「なんとなく」に向かい合うことで不思議な展開を見せています。

なんとなく公的年金は破綻すると思っていたら、そうではなく、日本がちゃんとやることをやれば年金は破綻しない、という流れになりました。

また、「年金が70歳からになるなら、ひどい話だ」と思っていたものが「むしろ準備期間は増え、必要額は減るかもしれない」と逆転しています。

しかし、油断はしないほうがいいでしょう。老後の悩みは思った以上の長生きをすると、いくら準備していてもお金が足らないからです。65歳から20年の老後を見込んで計画的にお金を貯め、取り崩してきたとしても、100歳まで長生きする健康があれば、準備すべき期間はさらに15年あったということになります。20年の老後と35年の老後を両にらみして資金準備することはほとんど不可能です。できうる範囲で長寿に備える努力をすることが、結果として老後のゆとりを少しでも積み上げることにつながります。

ちなみに、老後の最後の助けとなるのはおもしろいことに、私たちが頼りないと見くびっていた公的年金になります。公的年金の水準は潤沢とはいえないものの、老後の期間の長短を理由として減額ないし支給を行うことはありません。10年の老後も、20年の老後も、40年の老後であっても、年金を支払い続けてもらえます。長生きをリスクと考え、長寿のほうに大きくブレたとき、預金残高がゼロになろうとも2カ月に一度、公的年金は振込をしてくれるのです。

年金制度のメリットは正しく理解し、自分で備えることもしっかり取り組むことができれば、余裕と安心をもって老後を迎えられる資産形成が実現できるはずです。

公的年金理解は、個人の資産運用にも重要な要素です。今回の財政検証結果は何度か取り上げ、個人の運用への応用を考えてみたいと思います。

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