元本割れになってただ怒るばかりでは「なんとなく投資」レベル

リスクを取って資産運用をする限り、元本割れの可能性を完全に避けることはできません。
そして、いつの時代にも、元本割れになっては金融機関やセールスをした金融機関の職員(あるいはFP)に悪態をつく人は絶えません。
いわく「運用の手数料を払って運用しているのに、マイナスにするとはけしからん」「あたかも確実に増えるように説明をしておきながら、マイナスにするとは言語道断」と怒りをあらわにしています。

企業年金運用の世界でも、こうした人は少なくなく、「XX億円を1年間預けて、マイナスでごめんなさいとはなんだ! さらに運用手数料も寄越せっていうのか!」と金融機関に怒鳴り散らしている人は実際にいます。

私は元本割れしてただ怒る人は「なんとなく投資」を脱していないことを周囲にカミングアウトしているに過ぎないと考えています。というのも、ほとんどの場合、怒る相手と怒る理由を間違えているからです。
こうした人は自分が未熟であって自分の投資知識に見合わない買い物をしたことを怒りに変えてぶつけているわけですが、「なんとなく投資」から卒業するためにはどういうアタマの発想が必要でしょうか。

元本割れしたときの怒りを因数分解してみる

そこで元本割れしたときの怒りの要因を整理し、因数分解を試みてみたいと思います。変動要因も多いですし、情緒的な部分も多いので厳密には要因の分析どまりで数式を作れるほどではありませんが、思考の整理には役立つと思います。

それぞれの要因について自分の頭の中で整理するのはなかなか大変です。特に金融商品はなかなか難しいもので、元本割れに陥ったときの「責任」がどこにあるのか簡単ではないからです(預けた元本が原則として保証される定期預金の存在がさらにリスク商品の誤解を招く要素になっています)。

いわゆる製造物(例えば家電品)では商品トラブルが起きた場合には販売者(家電量販店)ではなくメーカー(例えば白物家電メーカー)に責任があるとされます。リコール等の問題が生じた場合に、メーカーが回収の責任を負うような構図について違和感を覚える人は少ないでしょう。

しかし、投資信託のような金融商品の場合、運用会社(投信会社)、販売会社(窓販をした銀行等)と顧客(あなた)という関係だけでなく、実際のマーケット(投資対象)がかかわってきます。正しい怒りをぶつけるためにはそうした要因を整理してみる必要があるわけです。

つまり、怒りの要因となっている変数をもし設定するとしたら、主に「自分に要因がある」「金融機関に要因がある」「マーケットに要因がある」の3つの変数があるといえます(数式を作るとすればx、y、zになる)。

それぞれの要因をさらに分解してみましょう。

怒りの要因 X:金融機関という要因

たいていの人は金融機関に元本割れの要因があると考えます。しかし金融機関といっても、販売会社と運用会社の2社は分けて考える必要があります。本来この2社には家電量販店とメーカーほどの違いがあるからです。

まず、販売会社の責任を考えてみると、販売時の説明で将来の値上がり可能性を断定的に語ったり、本来そのリスク商品を購入するリスク許容度のない顧客であると知りつつ販売したような明白な誤りがなければ、責任はほとんど問えません。一番近くにいる販売員に「お前が悪い」ということはよくありますが、あまり意味が無いことはそろそろ知っておくべきです。
なぜなら、リスク商品の元本割れの可能性は理解したうえで、購入額を自己決定しているからです。その責任は自ら負うしかないのです。

次に、運用会社側の責任を考えてみますが、こちらも予め示した運用方針と異なる運用を行っていたり、資産管理の義務を適切に果たしていなかったような場合を除けば、運用会社を責めることはあまり適当ではありません。例えば日経平均に連動しこれを上回る成績を目指すアクティブファンドについて、日経平均がマイナス10%であった期間にプラスリターンを求めることはほとんど意味がありません。それはむしろ運用方針に反した行動だからです。
もしそのような運用を期待するのであれば、「相場が下がるときには運用会社の判断でインデックスを無視したポジションを取る」と方針を事前に明示する必要がありますし、この場合、その運用能力を評価しなければなりません(運用コストが高くなっても受け入れざるをえないでしょう)。さらに、その後の相場の回復時には上昇率は低いものとなる可能性もあります。

運用会社を責めるべきは、本来の運用方針と異なる運用を勝手に行い損失を出したとき(この場合、運用方針に反したことで結果として利益を出しても責められるべきだと思います)、あるいは資産管理を行わず横領等を行った場合などに限定されるのではないでしょうか。
AIJ投資顧問会社の例などはその典型で、事前に示した運用方針とは異なる運用を行っただけでなく、実際の資産状況について虚偽報告をしていたわけですから、責められて当然といえます。
しかしAIJのように悪質でない場合、そもそもその運用方針を承諾してその投資商品を購入したのが自分である、ということは意識する必要があります。

怒りの要因 Y:マーケットという要因

次の要因はマーケットです。これがまた個人投資家にとっては難敵で、ほとんどの元本割れ要因はここで説明可能なのですが、これを心理的にどう折り合いをつけるかはなかなか難しいところです。

まず、その投資対象となるマーケット(あるいは個別銘柄)の騰落を読むことの責任を運用会社に求めることがあまり有意義でないことはすでに述べたところです。
「プロに任せているんだから」と思う気持ちは分かりますが、世界中の投資家の思惑がぶつかりあい、さらに多くの企業経営者の切磋琢磨が注ぎ込まれ、かつ突発的なアクシデントも起こるマーケットを管理下において売買を行えるプロなど存在しないと考えたほうが現実的です。ファンドマネージャーもただの人間であり、投資方針にもとづく運用を行うただの会社員だからです。

そして、マーケットの大きなうねりを予言することは困難です。可能性を指摘することはできますが、その可能性が的中するかは保証の限りではありません。的中率が他人より高い人がいたとしても百発百中にはなりえません(事後的に自慢をする人は多いですが)。

だとすれば、マーケットは変動するものであり、見込みに外れた動きがありうることを自覚し、その変動幅をわきまえたうえで投資をすることが必要です。
そして、その変動するマーケットを投資対象とする金融商品を選んだのは自分である、ということを振り返り、怒りのこぶしを下ろす必要があります。他のマーケットに投資する金融商品を買うこともできたわけで、それを選んだのは他ならない自分なのです。

怒りの要因 Z:自分という要因

すでに「実は要因の多くは自分にある」ということを示してきましたが、実のところそれが結論に近い、と思います。そもそも、あなたは「投資をしない」という選択肢を持っていたにも関わらず投資を行ったのです。
他人に元本割れの理由を押しつけている限り、あなたは「なんとなく投資」から脱却することはできません。

逆にいえば、自分の行動ひとつで元本割れが生じたときの怒りは変化しうる、ということでもあります。
例えば、「(1)理解も浅いのに、(2)欲の皮が突っ張って、(3)特定の投資商品に、(4)集中投資を行い、(5)保有資産の大半を投じて購入した」うえで元本割れに文句を言うのであれば、自らのミスを潔く認めてそれぞれの投資方針を見直していくべきです。

つまり「(1)理解できない投資商品は買わない、(2)自分の投機欲をコントロールする、(3)特定の投資商品に依存した投資はしない、(4)分散投資を心がけ特定の市場の下落にのみ影響を受ける投資はしない、(5)投資比率について慎重に検討し、預貯金のポジションを残す投資割合を考える」ことで、元本割れリスクから距離を置くことができるようになりますし、元本割れへの怒りが八つ当たりになるのではなく、自分のミスを責めるようになることでしょう。

「元本割れの責任はたいていは自分にある」というと、さらに怒る人がいるかもしれません(実際、私は怒られたことがあります)。

しかし、他人に過度に依存して任せていた状態が、他人に対する怒りなのだとしたら、その信認のあり方が間違っていたわけで、関係を改めるべきなのです。

元本割れの問題と向き合い要因分析をするほど、「自分」というファクターの大きさに気づくことになります。あなたの投資は、あなたが中心にいます。あなたは、野球でいえば監督なのです。

元本割れへの怒りの要因分析