国内第2位の企業年金制度となった日本版401K
今年はAIJ投資顧問会社の詐欺事件が世間を騒がせましたが、企業年金業界には静かな変化がひとつ起きています。それは、確定拠出年金、いわゆる日本版401Kの加入者が厚生年金基金の加入者を上回ったということです。
2012年3月末時点での企業年金の加入者数は信託協会等のプレスリリースで示されていますが、確定給付企業年金が801万人、厚生年金基金が440万人となっています。確定拠出年金は423万人でした。
しかし、企業年金制度は会社の制度ですから、4月1日や10月1日といったキリのいい時期に制度が改定されることはよくあります。3月末のデータではこれが考慮されていないデータです(つまり1年古い感覚)。
3制度のうち、確定拠出年金についてのみ厚生労働省のホームページでデータの開示がなされているのですが、2012年5月末時点の加入者数は440.5万人であると発表されました。厚生年金基金に同時点のデータはないのですが、AIJ事件の影響などを勘案すると、新規加入者を定年退職者の減が上回ることは考えにくい状況にあります。
総合的に考えれば、2001年10月にスタートした自己責任型の企業年金制度、確定拠出年金は、10年と半年をもって、国内第2位の企業年金制度に浮上したと考えられます。制度発足当初、「日本に自己責任型の企業年金制度などなじまない」「これは会社から社員へのリスクの押しつけでしかない」と批判していた人の多かったことを思えば、なかなか感慨深いものがあります。
確定拠出年金は投資教育の格好のテキスト
ところで、確定拠出年金といえば、投資教育が課題であるとされます。会社の運用リスクを従業員に移転するわけですから、相応の投資知識を社員に身につけさせるのが会社の義務とされているためです。
ところが、具体的な投資教育のメニューリストというのは過去に例がなく、監督官庁である厚生労働省は苦労しながらその明示を行いました。法令解釈通知(いわゆる投資教育ガイドライン)がそれです。
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確定拠出年金法並びにこれに基づく政令及び省令について(法令解釈)
(ページなかほどの「第2 資産の運用に関する情報提供(いわゆる投資教育)に関する事項」が投資教育に関するガイドライン)
ここで「え?それは金融庁の仕事では?」と思った人もあろうかと思います。投資信託を中心とした金融商品の購入ですから、金融商品取引法等に関連して金融庁が出てきそうですが、確定拠出年金法の監督官庁は厚生労働省であることから投資教育のメニューリストを厚生労働省が作る、ということになったのです。
ところが、ふたを開けてみると、「金融商品の販売時説明」という制約から外れて、「従業員に教えるべき投資教育項目」を網羅しており、幅広く投資教育の項目を考える絶好のリストとなっています。
ひとりで投資を学習するときの道しるべに便利
金融商品の販売時に、金融機関に説明義務を課すのは当然のことですが、逆にいえば「販売した商品に該当する説明のみ行えばよい」ということでもあります。
例えば、外債ファンドを購入した顧客に、投資対象としての株式の説明をする必要はありません。顧客のほうも、買わないアセットクラスの説明まで聞かされてはたまりませんから当然のことかもしれません。
しかし投資教育的見地からすれば、株式の特性も債券の特性も理解した上で債券ファンドを買う方がベターであるはずです。
また、商品の特性(特に元本割れの可能性)を説明するのが販売時説明ですから、資産配分の重要性や分散投資の検討の必要性、ライフプランニング等の部分に説明が及ぶことも期待できません。
しかし投資教育的見地からみれば、これも基礎的な投資理論の理解をもって、具体的な商品選定に挑むべきでしょう。
本来、「販売時の説明」以前にクリアすべきことがたくさんあるはずなのに、それを販売時説明に求めているため生じた矛盾が、確定拠出年金の投資教育では「投資する前に、買う買わないにかかわらず、教育すべき項目」としてまとめて示されているのです。
投資教育ガイドラインを見ると、「金融商品の仕組みと特徴」として購入の有無にかかわらず、主要な投資対象の理解や金融商品の特性理解が網羅的に必要であることが示されています。また、「資産の運用の基礎知識」として、投資に必要な最低限の理論的部分のリスト化がはかられていることも分かります。
確定拠出年金の加入者は、こうした基礎的な教育を受けたのち、自己責任による年金運用に臨むことになります。教育の質や教育時間に不足があることも指摘されていますが、得がたい投資教育の受講機会が提供されていることは間違いありません。
(加入時説明が幅広いことから、銀行窓販などでは個人型確定拠出年金のセールスが敬遠されてしまったほどです。いかに顧客にメリットのある内容であるかが分かります。)
もし、「基礎的な投資教育は何を学べばいいのか分からない」という人は、金融機関のホームページを見るより、厚生労働省のホームページを参考にしてみたほうがいいでしょう。ちょうどよい道しるべとなっているはずです。
会社員兼投資家にとっての投資教育コンテンツ
もうひとつ、厚生労働省の投資教育ガイドラインのおもしろいところに、デイトレ戦略のような項目や、チャート分析のような項目が含まれていないことがあげられます。
これは「会社員が資産運用に臨むにあたって最低限度必要とする知識」に含めなくてもいい、と判断したものと考えられます。
確かに、投資信託をベースにして、中長期的な資産形成を行う「会社員兼個人投資家」においては、資産運用のアプローチに短期的な情報の収集・分析は必要ありません。むしろ投機的な売買を行うために多くの時間を費やし、仕事に集中もできないし、パフォーマンスも冴えないような心配があります。
こうした点においても、ごく普通に会社員として働きながら資産運用にチャレンジする人のよいリストだといえます。
投資を学ぼうと、書店で良書を選ぶ際の参考材料として、投資教育ガイドラインの項目が網羅されているかチェックしてみるような使い方も有用だと思います。
興味を持たれた方は上記リンク先を一読してみてください。「なんとなく」投資の勉強をするより、効率的学習が可能となるはずです。
備考
なお、厚生労働省のガイドラインについて解説、加筆したものとして、筆者も作成にかかわった「確定拠出年金投資教育ハンドブック(企業年金連合会発行)」というものもあります。よろしければ、投資を学ぶ際の参考にしてみてください。
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企業年金連合会「確定拠出年金投資教育ハンドブック」
(P19~21が投資教育ガイドラインを補完した記述)