長期的に上昇を続けるNT倍率
NT倍率の上昇が続いています。11月28日にはNT倍率が12.47倍にまで上昇しました。これは日経平均株価の構成銘柄が大幅に入れ替えられた2000年4月につけた12.36倍を上回る13年ぶりの高値水準です。
NT倍率の推移を月足チャートでみると、リーマンショック時の2008年10月につけた9.49倍を底値に、5年以上にわたって上昇を続けています。
NT倍率など、普段から気にも留めないという個人投資家の方が大多数かと思います。でも、NT倍率がここまで上昇すると、今年の5月にも生じたある懸念が生じてくるため十分に注意が必要です。
NT倍率の上昇が表す意味とは
NT倍率については、本コラムでも過去に取り上げていますが、その意味について簡単に説明しておきましょう。
NT倍率とは、日経平均株価がTOPIXの何倍の水準にあるかを表す指標です。NT倍率の「N」は日経平均株価、「T」はTOPIXのことで、日経平均株価をTOPIXで割れば、NT倍率が計算できます。
・NT倍率(単位:倍)=日経平均株価÷TOPIX
12月6日時点の日経平均株価は15,299円86銭、TOPIXは1235.83ポイントです。したがって、NT倍率は15,299.86÷1235.83=12.38倍と計算されます。
NT倍率は、日経平均株価とTOPIXのどちらが強いかを相対的に示すものです。NT倍率が上昇すれば、日経平均株価がTOPIXより強く、逆にNT倍率が下落すればTOPIXが日経平均株価より強いことを表します。
NT倍率の長期的上昇は日経平均株価に「ひずみ」が生じていることを表している
株式投資では、1つの銘柄に集中して投資するより、複数の銘柄に分散して投資した方がリスクを抑えることができます。その一方、分散させる銘柄数が30銘柄より多くなると、市場全体の動きとほぼ同じ値動きになり、分散効果が弱まるといわれています。
これをTOPIXと日経平均株価に当てはめてみると、TOPIXは東証1部の全銘柄(約1760銘柄)で構成された指数ですので、これが日本株市場の全体を表しているといえます。一方の日経平均株価は東証1部の225銘柄で構成されています。TOPIXと日経平均株価は計算方法が異なるとはいえ、日経平均株価は30銘柄よりはるかに多い225銘柄に分散投資しているようなものですから、TOPIXと日経平均株価に大きな値動きの違いはないはずです。実際、2001年から2008年まではNT倍率もあまり大きく変動はしておらず、TOPIXと日経平均株価は概ね同じような値動きでした。
ところが、2008年10月以降のNT倍率をみると、5年間で9.49倍から12.47倍にまで上昇しているのです。これは、日経平均株価(言い換えれば日経平均株価を構成する225銘柄)が5年もの長期間にわたり、TOPIXに比べてより買われている状態が続いていることを示しています。
実際、日経平均株価の構成銘柄、特にファーストリテイリングやソフトバンクなど構成比率上位銘柄のここ5年間の上昇率は、日経平均株価やTOPIXをはるかに凌ぐものとなっています。
こうした事実を踏まえれば、日経平均株価には歪み、ひずみがかなり溜まっていると言わざるを得ません。
したがって筆者個人的には、今後NT倍率が大きく下落に転じる可能性も高いのではないかと思っています。仮にそうなれば、日経平均株価に採用されている銘柄(特に構成比率の上位銘柄)は今まで相対的に強かった分、下がるときはより大きく下がり、上がるときは他の銘柄に比べてあまり上がらない、ということになるはずです。
今年5月の急落時もNT倍率が高値をつけていた
NT倍率の上昇、特に短期的な上昇が生じた際に起こりうる弊害として大いに警戒すべき点があります。それは裁定解消売りに伴う株価の急落です。これが生じると、日経平均株価に採用されている銘柄だけでなく、ほぼ全ての銘柄の株価が大きく下がってしまうことになるからです。
今年の5月23日に日経平均株価が1,000円を超える急落をみせたことは記憶に新しいところですが、このときNT倍率は12.23倍まで上昇し、13年ぶりの高値水準(当時)となっていました。それとともに、裁定買い残高も積みあがっていて、急落前の5月17日時点の裁定買い残高は4兆3千億円に達していました。
近年の日本株では「先物主導」で株価が動くことが多いですが、NT倍率の上昇を伴って日経平均株価が上昇する際は、「裁定買い」(日経平均株価の先物を売って現物を買う)が積みあがっていきます。
裁定買いは、最終的に反対売買で決済される性質のものであり、信用買いと同じように、近い将来の売り要因となります。
この裁定買いが積み上がった状態で株価が下落すると、裁定解消売り(裁定買いの反対売買による決済)が誘発され、株価の下落に拍車がかかります。
5月下旬の急落時も、ちょっとした株価下落をきっかけにして裁定解消売りが多発し、それがスパイラル的な急落につながったものと考えられます。
急落前の5月17日時点に4兆3千億円あった裁定買い残高は、1ヶ月後の6月14日には2兆7千億円まで大きく減少しました。この間の日経平均株価の大幅な下落は裁定解消売りが大きな要因であったことが分かります。
しかし、その後裁定買い残高は再び増加をし、足元では11月29日時点で4兆2千億円と、5月17日と同水準にまで戻っています。NT倍率の10年来の高値水準、NT倍率の上昇を伴った日経平均株価の上昇、そして高水準にまで積みあがった裁定買い残高、これは5月下旬の急落直前と同じシチュエーションです。つまり、5月下旬のような株価急落がいつ生じてもおかしくない、というのが現在の状況なのです。
過度の警戒は禁物だが限度枠一杯の信用買いは避けるべき
とはいえ、5月下旬のような急落がいつ起こるかを正確に予測することはできませんし、当面の間は急落が起きないかもしれません。したがって、過度に警戒しすぎる必要もないと思います。
筆者は、特に買い持ちが多いときにはプットオプションを買って突発的な急落に備えるとともに、保有している個別銘柄が下降トレンドになったら売却ないしはヘッジ売りをする、といういつもの投資スタンスを淡々と実行するのみです。
実は、5月23日はあれほど急落したにもかかわらず、筆者の保有株のうち上昇トレンドから一気に下降トレンドにまで転落したケースはほとんどありませんでした。確かに含み益は大きく減りましたが、あわてて投げ売りをするような状況にはなりませんでした。
常日頃から下降トレンドにある銘柄を持たないようにしておくこと、そしてできるだけ上昇トレンド初期の段階で新規買いをするよう心がけておけば、多少の急落が起こっても十分に対処が可能です。あとは必要に応じてプットオプションを少量買っておく程度でよいと思います。
ただし、信用取引を限度枠一杯に近い状態で行っている個人投資家の方は、5月下旬のような急落が起こればあっという間に含み損が拡大し、追い証が発生する恐れが高まります。いつ訪れるか分からない急落に備えて、信用のポジションを軽くしておくことが望まれます。