公募・売出しでは合法的に「株価操作」ができる?

今回は、前回の内容を踏まえ、募集・売出しの発表後の株価推移から見えてくる特徴を探り、それをどう投資戦略に生かしていくかを考えていきたいと思います。

さて、前回も添付しましたデジタルガレージ(4819)のIR資料を今一度ご覧ください。(現在は掲載を終了しております)

4ページ目の下から3行目に、「安定操作取引」という言葉があります。これは何のことだと思いますか?

通常、株価を意図的に操作することは認められていません。しかし公募・売出しが行われるときは、マーケットでついている株価が発行・売出価格を下回ってしまうと、公募・売出しで株式を買うよりもマーケットで買った方が安く買えることになり、投資家が公募・売出しに申し込んでくれなくなる恐れがあります。そこで、公募・売出しが円滑に実行されるよう、発行・売出価格が決定した翌日から申込期日までの間、主幹事証券は株価が発行・売出価格を下回らないように、株価を買い支えることが容認されています。これを「安定操作取引」とよびます。

この「安定操作取引」を行った場合、主幹事証券は財務局長宛に「安定操作届出書」および「安定操作報告書」を提出し、その写しを証券取引所に提出する必要があります。証券取引所では当該写しを公衆縦覧の対象にしています。

「シンジケートカバー取引」による第二の買い支え

申込期間が過ぎると、「安定操作取引」による買い支えは行われなくなります。しかし、その後はシンジケートカバー取引が可能な期間となります。シンジケートカバー取引も、株価の下支えに大きな効果を発揮します。

大阪証券取引所ホームページの「公衆縦覧情報」には、上記の安定操作取引関係書類とともに、「シンジケートカバー取引等完了報告書」が掲載されています。シンジケートカバー取引の完了後、証券取引所宛に提出が求められているもので、これをみるとシンジケートカバー取引やグリーンシューオプションの行使の状況が分かります。

公募・売出しに伴うデジタルガレージ株の株価推移は?

デジタルガレージ株式の発行・売出価格は、7月11日に268,800円と決定しました。

大阪証券取引所HPの公衆縦覧情報をみると、安定操作が7月12日および13日に実施されたことが「安定操作報告書」から分かります。

7月13日の安値は発行・売出価格と同じ268,800円でした。この日は安定操作により886株が買い付けられており、安定操作取引による買い支えがかなり強く入っていたことが伺えます。

また、デジタルガレージ株式は8月2日までがシンジケートカバー取引可能期間でしたが、「シンジケートカバー取引等完了報告書」によるとシンジケートカバー取引は全く実行されず、主幹事証券は6,000株分のグリーンシューオプションの行使を行ったことが分かります。

シンジケートカバー取引期間(7月14日~8月2日)のデジタルガレージの株価をみると8月2日を除き、主幹事証券のデジタルガレージ株式引受価格252,000円を上回っていました。

主幹事証券はオーバーアロットメントにより借り受けた株式につき、マーケットから買い付けて調達する必要がなかったため、シンジケートカバー取引が行われず、グリーンシューオプションの行使および第三者割当増資の引き受けにより調達し、返済したことが分かります。

そして、シンジケートカバー取引期間が終了すると、もはや買い支えはなくなります。デジタルガレージ株式のシンジケートカバー取引期間終了後(8月3日以降)の株価の動きをみると、株価は弱含み、8月9日には197,000円まで下落しました。その後は多少持ち直しているものの、発行・売出価格268,800円付近で株価の頭を押さえられているのが分かります。

デジタルガレージ(4819)日足チャート

他の公募・売出し銘柄はどんな株価推移だったか?

もう1例、フェローテック(6890)のケースをみてみましょう。7月11日の引け後に公募・売出しの発表が行われ、それを受けて株価は7月11日終値1,787円から翌7月12日には1,590円まで下落しました。7月20日に発行・売出価格が1,591円に決定されました。その後しばらくは発行・売出価格を割り込まずに推移したものの、シンジケートカバー取引期間(7/23~8/19)中の8月5日に割り込み、8月9日には1,381円まで下落しました。

シンジケートカバー取引期間後も株価は軟調で、その後の業績予想下方修正も相俟って、11月21日にはなんと656円まで下落してしまいました。発行・売出価格1,591円から、わずか4か月で60%も値下がりしたことになります。

大証のホームページをみると、フェローテック株の安定操作取引は行われていないものの、シンジケートカバー取引が354,900株行われており、特に株価が大きく下落した8月9日は202,200株ものシンジケートカバー取引が実行されていたことが分かります。

シンジケートカバー取引がこれほど実行されても発行・売出価格を大きく割り込んでしまうことから、フェローテック株にはかなりの売り需要が存在したことが想定されます。もしシンジケートカバー取引がなかったら、フェローテックの株価はもっと大きく下がっていたでしょう。

フェローテック(6890)日足チャート

最後に、太平洋セメント(5233)のケースです。8月30日の引け後に公募・売出しの発表が行われ、それを受けて株価は8月30日の終値158円から9月7日には124円まで下落しました。9月7日に発行・売出価格が121円に決定され、9月8日には123円の安値をつけましたが、それ以降、発行・売出価格を下回らずに反転上昇しました。

安定操作取引、シンジケートカバー取引ともに実施されず、これらが不要なほど買い需要が強かった、と判断することができます。

太平洋セメント(5233)日足チャート

公募・売出し銘柄の株価推移からみえてくること

上記から、公募・売出しを実施する銘柄には下記のような特徴が推測できます。

  • 発行・売出価格が決定してから申込期日が終了するまでは、安定操作期間に入っているため発行・売出価格近辺で株価が下支えされる
  • 申込期日が終了(つまり安定操作期間が終了)してからも、シンジケートカバー取引期間が終わるまでは、株価が下がればシンジケートカバー取引により買われることとなるため株価は下落しにくい
  • シンジケートカバー取引期間にもかかわらず株価が下がり続けている場合は、売り需要が相当強く、その後の株価は軟調になりやすい
  • シンジケートカバー取引期間終了後は、株価の下支えがなくなるため、株価が下がりやすい
  • 申込期日終了後も発行・売出価格を割り込まずに推移している場合は、買い需要が強く、その後の株価は堅調であることが多い

上で挙げた3銘柄の株価チャートをみると、発行・売出価格を割り込まなかった太平洋セメントの株価が最も強く、シンジケートカバー取引期間に株価が発行・売出価格を大きく割り込んだフェローテックが最も弱いことが見てとれます。

どのような投資戦略を立てるか

公募・売出しの発表から発行・売出価格が決定するまでは株価は軟調であることが多く、場合によっては上記のフェローテックや今回は紹介していませんがエルピーダメモリ(6665)のように、発行・売出価格を大きく下回ることもあります。そこで、筆者であれば保有株が公募・売出しを発表したならばひとまず売却します(ただし株価が買値を大きく上回っている場合は当面様子をみることもあり)。そして、発行・売出価格決定後の株価の推移をみます。

発行・売出価格決定後の株価推移は銘柄によりまちまちですが、少なくとも発行・売出価格を下回って株価が推移している銘柄は、売り需要が相当強いものと考え、トレンドが上昇トレンド(日足チャートで株価が25日移動平均線の上方+25日移動平均線が上向き)になるまでは安易に手出ししないほうが無難といえます。発行・売出価格を上回っている銘柄ならば、上昇トレンドになったら買う他に、上昇トレンド入りを待たずに直近安値を損切り価格にして打診買いするのも1つです。

企業が公募・売出し実施を発表すると、その内容が翌日の日本経済新聞の財務欄に掲載されます。保有株やウォッチしている銘柄に公募・売出しの実施がないかどうか、チェックすることをお勧めします。そして、公募・売出しが実施される場合には、その企業のホームページ等のIR情報で、発行・売出価格はいくらになったのか、安定操作取引期間やシンジケートカバー取引期間はいつからいつまでなのか、確認しておくようにしましょう。