米国と欧州は中国からの輸入車の関税を引き上げる決定を発表した。この動きと欧州および南アフリカの政治情勢の変化は関連がないように見えるが、実はどちらもプラチナ投資にポジティブな影響をもたらす可能性がある。BEVに対する関税が上がって環境規制が緩まれば、米国と欧州という大きな市場でBEVの需要が減り、より長期にわたって今の水準の自動車のPGM需要を維持できるかも知れないからだ。一方で、南アフリカでは選挙後の連立政権が目指す経済の自由化と改革によって、PGM鉱山供給はさらに減る可能性がある。
米国は5月に中国製BEVの輸入関税を現在の25%から100%に引き上げると発表し、翌月にはEUも同様に10%の輸入関税を27%から48%の間に上げるとした(図 1)。中国は2023年に500万台近い車を輸出し(図 2)、米国はその第1位、欧州は第3位の輸出相手国だ。このような西側諸国の動きは中国製BEVに競合する国内自動車メーカーのBEV価格競争力を育てることを目的としているが、それによってBEVの価格がエンジン車に対して大きく上がることになり(EUの2023年のBEVの22%は中国からの輸入)、米国と欧州で既に鈍化しているBEVのマーケットシェアはさらに押し下げられることになるだろう(図3)。我々の分析のベースとなる自動車のプラチナ需要予測は2023年から2028年の間に年平均-1.3%で減少する(図5)予測だが、もしもBEVの高い関税のおかげでガソリン車とハイブリッド車のシェアが増えれば、BEVのマーケットシェアが1%減るごとに、自動車の中期的な2E(プラチナとパラジウム)PGM年間需要は、米国では0.7トン、欧州では0.9トン、それぞれ増えることになる。
図1:米国とEUは中国製EVの輸入関税を引き上げた
図2:中国は世界第2位の自動車輸出国
欧州議会選挙で右寄りの政党が議席を伸ばした結果、2030年以降の自動車のPGM需要は予想よりも多くなる可能性がある。今回の選挙は厳しい環境政策がEUの製造業及び農業の競争力を削いでいると考える投票者が多かったことを反映しており、それに応じてEUの環境規制が緩和されれば、まだ初期段階にある水素経済のプラチナ需要は減るかも知れない。その一方で、2035年以降の新車販売でエンジン車を禁じる法律が延期されれば、自動車のPGM需要が増える可能性が出てくる(図 6)。
一方、南アフリカでは総選挙後、アフリカ民族会議(ANC)、民主同盟(DA)、インカタ自由党(IFP)、愛国同盟(PA)、GOODの各党からなる国民統一政府(GNU)の結成に向けた交渉が始まった(図7)。DA党が政権に加わればエスコムとTransnet(鉄道会社)の体質改善や労働法を含む経済の自由化が進む可能性がある。南アフリカの対外的なリスクが軽減されれば通貨が強まるが、それはPGM鉱山会社(世界生産54%)の収益減を招く。しかし、労働法が緩められれば鉱山会社は上昇下落のどちらでも市場の変化に素早く対応できることにもなる。2023年から2028年に供給不足が予測されている(図 8)にもかかわらずプラチナ価格がそれに反応しないのは、市場の変化に鉱山会社が対応できていないことの表れとも言える。南アフリカの政治が安定し、自動車のPGM需要が今後も長期にわたって期待できると言うことは、どちらもプラチナ投資にはポジティブな動きと言えるのだ。
高い関税でBEV販売が減り、エンジン車とハイブリッド車の需要が続けば、自動車のPGM需要の減少は先延ばしに
南アフリカのPGM供給は政局の安定で減少する可能性
プラチナ市場は少なくとも2028年までは大幅な供給不足の予測
投資資産としてのプラチナ
- WPICのリサーチによるとプラチナ市場は2023年から供給不足が続く
- プラチナ供給は鉱山供給とリサイクル率の低下で逆風
- 自動車のプラチナ需要はエンジン車生産で予想よりも長い期間増加
- 水素関連のプラチナ需要は少ないが、将来のプラチナ需要の大部分を占める
- プラチナ価格は長い期間過小評価が続いておりゴールドよりも大幅に割安
図3:BEVのマーケットシェアの伸びは、高価格とインフラ整備の遅れで鈍化
図4:南アフリカは世界のプラチナ供給(2023年:233.9トン)の50%以上
図5:ハイブリッド車の増加とBEVのシェア拡大鈍化が自動車のPGM需要が急激には減らない背景
図6:水素需要は自動車需要より少ないため、EUの環境政策の緩和はプラスマイナス合わせれば短期・中期的なPGM需要にはプラス
図7:ANCは2024年の総選挙で過半数議席を失った
図8:BEVの普及率の低下が続けばプラチナの供給不足は我々のベース予測から拡大、パラジウムが供給余剰に転換する時期は先送りに
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