60万ドルを作った、一人ひとりの道徳的な稼ぎ
「実は、資本主義の話をするうえで、ぜひ最初にあなたに理解してもらいたいことがあります。それは、資本主義では、あなたのような人でも社会を支える立派な一人である、ということです」
先生は子を見守る親のような顔で言った。
隆一は、「あなたのような人」という言い方にひっかかりはしたが、それでもどこか悪い気がしない。
「僕も立派な人…」
「もちろんです。あなたが稼ぐことは自分の生活のためでしょうが、どんな動機でも、稼げば社会の富を増やすからです。たとえ単にカネが欲しいという動機でも、稼ぐことは世の中のためになるということです。会社のために働き、稼いでいる君は、ちゃんと社会のお役に立っているということです」
隆一は、何かおだてられているような感じがしたので、「先生、結局、もっと働け、ということじゃないですか?」とごまかした。
「もちろん、単純にもっと働けといっているわけではありません。ただ、おカネを稼ぐこと、豊かになろうとする生き方を肯定的に捉えてほしいということです。もっと言えば、きちんとおカネを稼いで暮らしているあなたは道徳的である、と誇りを持って欲しいということです」
「誇り、道徳的」といわれても、家族からも、会社の上司や同僚からも、隆一には、そんな扱いを受けた記憶はない。先生は、続ける。
「誰かが働いて財やサービスを生んでいるから、私たちが豊かな消費生活を送れることは、中学生でも理解できることでしょう。そして、生産のために工場や機械が手当てされるのは、そのためのおカネを誰かが投資しているからだということです。労働や資本が投じられて、財やサービスの生産がなされ、経済が成長する、と教科書にも書いてあったはずです。でも、それは経済の話で、自分の暮らしとは直接結びつかないのかもしれせんが」
確かに、そんな話を昔、学校で習ったような気がするが、隆一にとってはどこか他人事でしかなかった。先生は、そんな様子を見透かしていた。
「要は、私たちが稼いで豊かになろうとすることは、決して自分だけのためのエゴイスティックな行為ではなく、むしろ、社会のための行為であり、その欲望によって資本主義という機関車は進化していくのです。なぜなら自立した社会人を増やし、おカネを社会に回し、その経済効果から生まれる恩恵を多くの人に及ぼすからです。逆にいえば、資本主義の日本を、健全で活力がある社会に保つには、稼いで、自分の資産を増やし、その資産を社会に還元していく人が増えるほうがいい、ということになります」
隆一は、もう一度、1ドルが60万倍になった米国株のグラフの前に立った。そして、この右肩上がりの曲線は、一部の偉大な起業家だけで作られたのではなく、そこにはいち企業で働く自分のような人間も貢献していることを理解し始めた。
第7話:「投資で儲けたカネは汚い?ハイブリッド社員とは」を読む
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