資本主義を支える2つのエンジンとは?

 先生は隆一にスイッチが入ったのを確認して、続けた。

「株価が上がるのも、この資本主義という土俵の上で企業が自由に経済活動ができるからです。資本主義は『経済行為の自由』と『生産財と財産を個人で所有できる』を基軸とする社会です。資本主義という飛行機が力強く飛び続けるのは、この強力な2つのエンジンがあるお陰です」

 まだ前のめりの隆一を見て、先生はここぞとばかりに畳み掛けた。

「私生活では、起業をするのか、会社に勤めるのか、どの職業に就くかは自分の意思で決められます。また稼いだおカネは自分のものであり、自由に使い方や貯め方を決められる。金融資産や不動産だけでなく、それが工場・機械や田畑のようにビジネスに使う生産財であっても自由に所有できます。だから、会社の株も自由に保有できます。働く場である企業は、軍隊や政府が支配するのではなく、資本を提供した株主が経営権を握り、人事も、経営方針も、利益配分も、資本を出した人が決められるのが資本主義の社会です」

自由と人間の欲求が資本主義経済を回す

「先生、つまり資本主義の世の中は“自由”ということでしょうか」

「そうですね、尾崎豊も“自由”を歌いましたが、もしコインの表を“自由”とすると裏には“自立と責任”があるというのが資本主義です。資本主義は、おカネの稼ぎ方、使い方が自由な社会ですから、それはすなわち、豊かになることも貧しくなることも自由というわけです。よく言えば努力次第で億万長者になるチャンスがある社会ですが、努力次第でということは自助努力と自己責任で、ということです」

 先生の視線は隆一の目を捉えていたが、隆一は思わず目をそらしながら、「自助努力と自己責任ですか。嫌な言葉ですね」とつぶやき、「自分が安月給なのは、自助努力が足りない、自己責任ということですか?」と、先生に突っかかった。

「それについての答えは私には出せませんが、今の状態はあなたがこれまで自由に選択をした結果だ、ということは少なくとも言えると思います」

 誰でも豊かになれるチャンスがある社会だといわれても、隆一にはピンとこない。自分には、そんなチャンスは巡ってこなかった。探そうともしなかったが。隆一は大学を卒業し、今の会社に就職し、そのまま会社の給与テーブルを上がってきた。あまり周りと比べることはしないが、仕事自体は好きなので会社というシステムの中で生きていれば何とかなるのではと思っている自分がいる。

 隆一の父親も中堅企業に新卒から定年まで勤め上げ、日本経済がよかったのは父が30代のころまでで、40代からはデフレの時代になり、家でも会社の話をすることは滅多になかった。

 先生はそんな隆一のバックグランドを知ってか知らずか、資本主義のプラス面を語り始めた。

「資本主義というのは、人間の奥底にある欲望をエネルギーに変えていく仕組みです。アダム・スミスの言葉に“我々が食事ができるのは、肉屋や酒屋やパン屋の主人が博愛心を発揮するからではなく、自分の利益を追求するからである”があります。つまり、資本主義経済を機関車とすると、その燃料が人間の欲望になるわけです」

「先生、では共産主義や社会主義はなぜうまく行かなかったのでしょうか?」

「それは政府が経済活動をコントロールし、自分だけは豊かになりたいという欲望を制約したり、平等に分配をしたりした結果、人は今日より明日のほうが良くなりたいという欲望を失い、機関車はその動力をなくしてしまったのです」

「分配を平等にし過ぎるのも良くないのか。私も仕事をしてもしなくても給与が変わらないなら、仕事へのモチベーションは下がりますね」

「お隣の中国がいい例です。90年代から市場経済を導入してからの発展は周知の通りです。90年代に中国人が銀座に数十台ものバスを停めて、三越で爆買いするなど誰も想像できなかったでしょう」