食品・農産物に参入した三つの理由

 マー氏はなぜ食品、特に農産物という分野に手を出したのかを考えてみたいと思います。

 結論から言えば、それは「必然的」というのが私の見方です。

 マー氏はそもそも食品、農産物という分野に興味、関心を寄せてきました。マー氏のビジネス信条は、「中国人民が日々の生活の中で困っていること、そこを解決することがビジネスになる」というものですが、いわゆる食の安全は中国社会や中国人民にとって長らくの課題でした。人間のおなかの中に入るものであり、人民一人一人の生命と健康に直結する分野ですから、マー氏が関心を寄せ、それをビジネスにしようというのも全くうなずけますし、私のジャック・マー理解とも合致します。

 実際、マー氏の食品、農産物への興味に関して、近年の動向から状況証拠を拾うことが可能です。ここでは三つの実例を挙げます。

 一つ目に、今年4月、5月にそれぞれ名誉教授、客員教授に就任した香港大学ビジネススクール、東京大学「東大カレッジ」におけるマー氏の研究領域です。前者では「金融、農業、企業イノベーション」、後者では「持続可能な農業と食料生産」をテーマに掲げています。私の理解では、これは香港大、東大がマー氏に依頼したというよりは、マー氏が自ら申告した研究テーマであると考えられます。自分が研究、講義するテーマは自分自身で決める。他人の指図は受けない。マー氏はそういう人間です。

 二つ目に、昨年7月、マー氏はオランダのヴァーヘニンゲン大学を訪問し、同大関係者と、畜産業と漁業の新技術に関する交流をしています。その際、マー氏は「私はこれからの時間と労力を完全に農業分野に注ぎたい。そこには、ゴビ砂漠で農作物を栽培する計画も含まれる」と語っています。

 三つ目に、今年1月、マー氏はタイのバンコクにあるCPグループを訪問しています。同グループは、広東省汕頭市出身の潮州系タイ人謝家が基礎を作った、タイ最大のコングロマリットと言われ、長年農業や食料品の卸売、小売を中核産業にしています。マー氏は同グループを勉強の観点から訪れたのでしょう。

 このように、マー氏の近年の動向から、同氏が食品、農業という分野に深い関心と強い信念を抱いていることが容易に見て取れるのです。