米国株は逆風に負けず秋相場へ

 米国株は、9月には高金利に悩まされて下落しました。10月に入ると、3~12日には金利動向に影響する雇用・インフレ指標の発表が続くため、このハードルを越えてからが、秋相場らしいリズムになるかと想定して臨みました。そこに突然、中東の地政学リスク発生が重なり、場面場面で緊張しながら、相場をウオッチしました。その上で、その時々の幸運な巡り合わせと、秋相場へ投資家の旺盛な買い意欲を確認し、前向きスタンスを維持しています。その経緯をご案内します。

 図2は、米10年国債(価格)とナスダック総合指数(1時間ローソク足)を並べています。9月後半は、米国債の価格低下(金利上昇)に沿って、あるいはそれ以上に、株は売られました。それが10月に入った2日、国債相場下落(金利上昇)にもかかわらず、株は堅調でした。実は、大手投資銀行がエヌビディア株を推奨し、AI(人工知能)関連としてGAFAM5社も連れ高になり、指数全体を押し上げたのです。

 国債相場から乖離(かいり)した株高、6社以外の株式相場の重さを勘案して、3日JOLTS求人数、4日ADP雇用者数とISMサービス業景況指数、5日失業保険申請・給付、6日雇用統計というハードルの前では、相場の反落リスクに備えました。実際、指標の強弱に応じて、株価は神経質にひどく高下しました。しかし図の通り、金利対比で株式は見事に底堅さを保ちました。

 株式相場は、この水準を越えたら底割れで急落かという分水嶺(ぶんすいれい)でたびたび踏みとどまりました。背景でサポートになった1つは、10月からの季節的な買い意向が旺盛だったことです。特に業者推奨のエヌビディアが買われることで、市場で不必要に弱気が広がらずに済んだことも大きいと思われました。

 別の背景は、FRB(米連邦制度理事会)当局者から、「これ以上の利上げは必要ない」と示唆(しさ)するハト寄り発言が、本当に相場の分水嶺ギリギリラインで繰り返された幸運です。6日の雇用統計による株安、9日の地政学リスクによる株安も、彼らのハト寄り発言をきっかけに切り返しました。国債金利が低下し、株式相場は秋の買い意欲から来る出遅れ焦燥も手伝い、連騰するに至っています。

図2:ナスダック指数と米国債10年価格(紫、右軸)

出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

緊急対応の投資トリセツ

 地政学的リスクが現実のものとなり、市場をショックが襲う事態への投資家の対応は、当レポートで整理してきたように、まず、地政学的問題のリスクの構図を整理することから始まります。今回は(1)イスラエル対ハマス、(2)イスラエル対イラン、(3)米欧と中露の大国の関与、という3段階で、まずマグニチュードを分類しました。現時点はまだ(1)にとどまっています。

 その上で、投資マネーの動きが、第1段階ではリスク投資削減と安全資産への逃避、第2段階では金融が滞ることの相場への圧力、第3段階が経済ファンダメンタルズの変化で捉えます。今回は第1段階の限定的な初期微動にとどまっています。

 その上で、踏まえてほしいのは、「正常性バイアス」です。これは、災害時にもかかわらず、日常的な感覚のままに、自分は大丈夫だろうとか、警報も誤報かもしれない、避難も多分また無駄足だろう、とか勝手に判断すると、致命的な事態に巻き込まれるかもしれないという戒めとして語られることが多い心理現象です。

 しかし、自然災害と異なり、投資において致命的な事態にはそうそう巡り合わないでしょう。そうなると、ショック性の相場下落には、不安とともに、「ここは買いの好機かもしれない」という欲も伴うものです。この思いが、相場の切り返しを見て、焦燥的な追っかけ買いも生み出すのです。

 地政学リスクの危険度と、ショック性の相場下落のチャンスを、どう見比べたらよいでしょうか。単純に「有事は買い」と割り切りたくはありません。ここが分かれ道というような一般化されたルールはないのです。そうであればこそ、有事リスクの段階分け、投資マネーの対応の段階分けをご案内した次第です。

 ただし、これらを考える時に徹底してほしいのは、リスクを前にうろたえるのではなく、リスクに主体的に関わってサバイバルに奔走するレスキュー隊員の目線で行動ルールを備えることです。リスクには臆病なほど慎重に、勝機への切り替えは果敢になるためのイメージを思い描いてみてください。

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