これまでのあらすじ
信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始めた。自分たち家族の人生に必要なお金について、話し合い始めた二人は、毎週金曜夜にマネー会議をすることに。NISA口座を開設し、ついに投資を始めた二人。達観している信一郎に対し、理香は毎日、価格変動をチェックしてしまうようになり…。
紛争ぼっ発、株や投信が大暴落!
食事の間はテレビをつけず、家族間の会話を大切にする。これが藤元家のルールだ。あわただしくも楽しい朝食を終え、信一郎は皿を食洗機に突っ込んだ。理香に急かされ、健がランドセルの中身を確認し始める。理香が美咲を着替えさせ始めた時、テレビをつけた信一郎が「え!」と大きな声を上げた。
「何っ!?びっくりするじゃない、大声出さないでよ」
「それどころじゃないよ。紛争地域で大規模な空爆があって、ついに空港と港が封鎖されたらしい。うちの会社の物流、大丈夫かな」
「ほんと?!」
美咲を抱いたまま、理香もテレビを振り返り、息をのんだ。
「ヒドイ…」
もくもくと煙を上げている紛争地域の映像に見入っていた信一郎は、そそくさと立ち上がった。
「ちょっと心配だから、今日は早めに出社するよ」
紛争エリアは、信一郎の勤め先やその取引先とは直接は関係ないのだが、他エリアでも物流が滞ると玉突きで影響が出る。医療系商社に勤務している信一郎にとっては大ごとだ。
「わかった、今日は私が美咲を保育園に送るから、もう出ていいわよ」
「ごめん、助かる!」
あわただしく出かけて行った信一郎を見送り、理香は健を学校へ送り出す。自分も身支度を整え、自転車で保育園へ向かった。
美咲を預け終えた理香は、電車の中でスマホを取り出す。ダメだと思いつつもまた証券会社のアプリを開いた理香は、さーっと青ざめた。昨日まで退屈なくらい横ばいだった投資信託が、3銘柄とも、がくんと大きく下落していたのだ。
「うそっ」
思わず声を上げかけ、理香は慌てて口元を押さえる。紛争エリアに当たる新興国の投資信託だけでなく、全世界を投資先とした投資信託までもが、がくっと下向きに線を描いている。不安のあまり、金融ニュースサイトをチェックしようとしたが、降りる駅に到着するアナウンスに、理香は慌ててスマホをしまい、電車を降りた。
いつもより少し早めに出社すると、信一郎が勤務する会社内でも、今朝のテレビで放映された空港封鎖は大きな話題になっていた。案の定、通常に稼働しているはずの貨物便が空港に着陸できず、他国の空港に誘導されている。そこからの陸路を確保するため、付き合いのある運輸会社数社に連絡を取り、目まぐるしく時間が過ぎていった。
今日は帰宅が遅れそうなことを、理香に伝えておこうとスマホを開いた信一郎は、理香から何通ものメッセージ通知が来ていることに驚いてメッセージアプリを開いた。
「なんだ。そんなことか」
今朝からそれどころではなかった信一郎は、少しイラついて席を立った。気分転換に缶コーヒーを買い、空いていた会議室に入る。
気分の上下が激しい理香が、投資に夢中になったらこんなことになるのではないか、と信一郎は内心思ってはいた。教育費や老後の不安など、理香の主張ももっともな点もあり、いったん逆らわず流れに乗ってみたのだが、一喜一憂どころか、こんなに揺さぶられるようでは先が思いやられる。
話が長くなりそうなので、信一郎は「今日はちょっと遅くなる。夕食いらない。先に寝てて」とメッセージを送ってアプリを閉じてしまった。
少し落ち着いたのか、むくれてしまったのか、理香からのメッセージ連打はようやく止んだ。
投資も大事だが、目の前の仕事や生活の方が信一郎にとっては優先度が高い。こんなにストレスになるのなら、理香に投資を辞めさせた方がいいかも…と信一郎はため息をついた。