制度を「運用の観点から」読み直す
2024年から新しいNISA制度がスタートする。現在、「新NISA」と呼ばれることが多いようだが、金融庁は単に「NISA」と呼ぶことにしたい意向のようだ。これまで複数あった制度が一本化されるので適切だろう。ただ、期待も込めて言うなら、NISAの制度は今後も改善を伴って変化していく。本稿では、2024年に始まるNISA制度を「2024年NISA」と呼ぶことにする。
さて、2024年NISAの制度を、「適切な運用を前提として」運用に関係のある主な部分だけをかいつまんでまとめてみた。
2024年NISA制度、運用上の要点
(1)【運用益非課税】 NISA口座の中で運用すると有利だ。
運用益に対して通常約2割かかる税金が免除されるので、一般の課税口座での運用よりもNISA口座内での運用が有利だ。仮に期待リターンを年率5%とするとざっくり年率1%程度有利だと考えられる。
(2)【無期限】 無期限の長期投資が可能。
非課税となる運用期間に制限がないので、無期限の長期投資が可能だ。分散投資が行き届いていて、低コスト、且つ配当・分配金を抑えて複利で長期運用できる商品が好適だ。
(3)【年間投資枠360万円】 一年に合計360万円迄入金可能。
一年間に、積立投資で120万円、成長投資枠は一時金で240万円の合計360万円入金できる。年間の入金ルールとして覚えて置きたい。合理的投資家にとって「成長投資枠」とは一時入金機能のことである。
(4)【生涯投資枠1,800万円】 合計一人1,800万円迄運用可能。
一人合計1,800万円迄運用可能。その内、一時入金による「成長投資枠」は1,200万円が上限。管理は簿価ベースなので時価が拡大していても問題ない。運用資産の簿価が1,800万円で時価が1億円ということもあり得る。
(5)【随時解約可能】 部分・全部の解約はいつでも自由。
必要に応じて、部分的にも、全額でも解約して現金化することが出来る。流動性の点で非常に有利であり、今回の制度の大きな長所の一つだ。
(6)【投資枠復活】 解約で空いた枠は入金ルールに従って再利用が可能。
解約で空いた投資枠を繰り返し再利用できる。但し、入金は(3)のルールに従って行う必要がある。
NISAとは、一言で言うなら、税制上有利に運用できる投資場所のことだ。
2024年NISAは「つみたて投資枠」と「成長投資枠」に分かれていて、前者と後者では投資可能な商品が異なる点が強調されて説明されることが多いが、二つの投資枠で同一の商品に投資することが適切なので、両者の区別は、入金(=投資)の方法のちがいとしてだけ覚えて置くことがシンプルだ。
つみたて投資枠では、金融庁が「長期的な資産形成に適切な商品」を選んで投資対象を限定しているが、成長投資枠でも同様の考え方で投資対象を選ぶことが適切だ。
例えば、年金運用の世界でよく耳にする「コア・サテライト運用」は、サテライトをいかに組み合わせてもコアに劣るから、コアがコアたりうるのであって、サテライトを付け加えようとすることが、実は、論理破綻している。それでも行われているのは、年金運用関係者が自分たちの仕事を自分たちで作っているからなのだが、平均的には余計な手数料を払い手間を掛けているだけの意味しか無い。
NISAでも「成長投資枠」という言葉に引き摺られて「長期的な資産運用に適切な商品」以外の商品を選ぶことは愚かだ。これは、深遠な趣味や哲学ではなく、明白な論理の問題だ。
仮に運用期間が短期となっても、特定の市場や投資商品に関して「いつが、いいタイミングか?」ということがプロも含めて投資家には分からないので、「長期投資に適した商品」を選んで投資すること以上に上手い投資が投資家に可能な訳ではない。長期でダメな商品は、短期でもやっぱりダメなのである。
結局、「つみたて投資枠」でも「成長投資枠」でも、ベストと覚しき同じ投資対象に投資することが適切なのだ。この投資対象は、一商品ないし複数の商品の組み合わせであり得るが、幸い、分散投資の点でも、コストの点でも、満足の行く一商品での投資が可能だ。投資家は、ベストな一商品に投資して、NISAを「有利な運用商品の置き場所」(1)として、適切な資金マネジメントに集中して最大限に活用すればいい。
今回のNISAの、随時解約可能で、解約で空いた投資枠が復活する仕組みは、流動性の点では、確定拠出年金などの他の運用制度よりも利便性の観点で高く評価出来る。
純粋に投資としては、できるだけ長くバイ・アンド・ホールドで投資するべきだが、個々人の事情にあってはお金を引き出したいケースが生じることはあるはずだ。人生にはいろいろなことがある。流動性を有することは大きな安心材料だ。
2024年NISA、賢い利用の7原則
前記の2024年NISAの制度的な特徴を踏まえて、NISAを賢く利用するために投資家が意識すべき考え方を、7つの原則にまとめてみた。
2024年NISAの賢い利用法7原則
(1)大きく使う
リスク資産はNISA口座にある方が、一般の課税される口座にあるよりも望ましい。例えば、ある時点でリスク資産に2,000万円投資している人は、NISA口座に1,080万円ある状態の方が、360万円ある状態よりも好ましいと言える。概ねあらゆる時点において、リスク資産運用の中でNISA口座の中で投資しているものの比率を高めるように意識すべきである。
(2)早く使う
資産運用の効果は「金額×時間」とプラスに相関するので、リスク資産の運用をなるべく早くNISA口座に移すべきだ。
既に数百万円以上のリスク資産を保有している人は、240万円迄の自由な金額で一時に投資できる成長投資枠を有効に使ったり、積立の金額を当初大きめに設定したりするなどで、なるべく早くNISA口座にリスク資産運用を集める事が適切な行動になる(尚、例外として、数百%以上の含み益があって利益を実現して資金をNISA口座に移すよりもそのまま保有して複利運用する方が有利な株式等の資産があり得る)。
(3)長く使う
投資枠を繰り返し利用可能であるとしても、リスク資産を長期に亘って投資する事が有利な長期投資の原則は変わらない。特に簿価(取得価格)が低い資産はNISA枠を長期的に利用する上で有利なので、なるべく換金せずに長期投資の対象にしたい。
(4)必要なら部分解約
お金は使うために貯めたり、増やしたりするのが普通だ。高価な耐久消費財の購入や自己投資にまとまった費用が必要な場合、NISA口座の外にある資産だけでは足りない場合は、NISA口座内の資産を部分解約して支出に充てて構わない。個人が借りるローンの金利は、概ねリスク資産の期待リターンよりもかなり高いので、借金をするよりは、リスク資産を解約する方がいい。自分のお金なのだから、部分解約に遠慮は要らない。
(5)空枠を速やかに埋める
部分解約によってNISA口座に空き枠が出来たら、その後なるべく早くに枠を埋めるよう心掛けたい。年間240万円迄の一時入金機能が便利な成長投資枠を解約と枠埋めに積極的に使うといい。
(6)iDeCoと使い分ける
iDeCo(個人型確定拠出年金)を含む確定拠出年金は、掛け金が所得控除される点でNISAにない税制上の有利性を持っているが、流動性の点ではNISAに譲る。NISAと確定拠出年金は、個々人のお金の事情に合わせて上手に組み合わせて利用したい。
例えば、金融資産の乏しい若い頃はNISAを厚く利用し、所得が増えて所得控除のメリットが増えて、さらに手元資金が豊富になる時期(中年期?)にはiDeCoを最大限に利用する、といった使い分けを考えることが出来る。
(7)全世界株式一本で運用する
運用商品は全世界株式のインデックスファンド一本に絞ることをお勧めする。シンプルであり且つ資金マネジメントを合理化しやすい。
何れも合理的で分かりやすい原則だと思う。
最後の点について、少し補足する。
全世界の株式に時価総額比例で分散投資する方が、米国株式のみ、先進国株式のみ、といった投資よりも分散投資の範囲が広く、グローバルな運用資金の平均像に近い点で有利な点もあり、好ましい。
また、このカテゴリーの商品は、日興アセットマネジメントの「Tracers MSCIオール・カントリー・インデックス(全世界株式)」と、野村アセットマネジメントの「はじめてのNISA・全世界株式インデックス(オール・カントリー)<愛称:Funds-i Basic 全世界株式(オール・カントリー)>」の2本が業界最安(2023年8月21日時点)の信託報酬率(税込みで年率0.05775%)を提示していたところに、「eMAXIS Slim シリーズでは業界最割安の信託報酬率を目指す」ことを基本方針としていた三菱UFJ国際投信が、通称「オルカン」こと「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」が信託報酬率を同水準まで引き下げる(発表は8月18日、変更は9月8日から)ことを発表した。競争が進んで信託報酬率が低下した商品が利用可能であることも好ましい。
因みに、この信託報酬率は運用資産100万円に対して年間約578円の運用コストだということになる。他商品や対面窓口の高コストは、一体何のためなのか、と不思議に思える。
リスク資産の運用対象として、全世界株式のインデックスファンドが「ほぼベスト且つ必要十分」であり、運用対象を一本に絞ることで、本稿で述べたような資金マネジメントが行いやすくなる。
「成長投資枠」を一時入金機能だと割り切って、NISA口座を効率的に利用したい。つみたて投資枠と別の対象に投資すべき理由はないことを、賢い投資家の皆さんは容易に理解されるだろう。
総括
NISAは、リスク資産投資の便利で有利な投資場所である。シンプル且つ合理的な運用商品選択と資金マネジメントで有効に利用したい。