【質問】
初めまして、山崎様。弁護士・公認会計士・FP1級のタックスローヤーです。全世界株式へのほったらかし投資など、共感し、実行させていただいているところが多いです。
 1点だけ考えが異なるのが、マイホームです。よくある賃貸・持家には、以下の議論が欠けており、実はお金がない人ほど、100年持つ断熱気密、耐震性を備えた高性能住宅を購入した方がいいと考えております。
・設備投資の経済性計算のアプローチからすると、一生家賃より35年で終わる住宅ローンの方が、投資案として割引現在価値(NPV)が高くなりやすい
・賃貸だと、大家の利益、住宅ローンより高率な不動産ローンが割高な差額原価になる
・賃貸仕様という言葉があるように、賃貸物件の性能は低い
・帰属家賃は非課税であり、空室リスクもない
・家を買うほどのカップルはある程度の収入・子のかすがい効果で離婚の確率は統計的に低い
・住宅ローンが終わった家でこそ、年金でなんとか生活できるのであり、毎月の家賃は非常に厳しい
(注:ご質問文を、山崎が編集・短縮しています)

【回答】持ち家と賃貸を比較する場合には、比較条件の整理が重要です

 



 

 ありがとうございます。本格派のプロからのご質問です。持ち家・賃貸問題は、メディアが延々と取り上げ続けているテーマです。この議論の中では、そもそも持ち家派の方が数的に優位で、且つメディアの背後にいるスポンサーが「家を買わせたいサイド」である場合も多く、賃貸派の論客が不足しがちです。そのような経緯もあって、私は、ある意味では貴重な「賃貸派の人」として声が掛かることが多いようです。

 さて、ご質問に対して、当初は、以下のように簡単に答えて済ませようかと思っていました。

「持ち家がいいか、賃貸がいいかは、第一義的には『家の値段』によるでしょうし、次には、当人のライフスタイルによるでしょう。

 長期定住が予想できる場合は、大家の利益の分まで払わなくてもいいことを含めて、持ち家が多くの点で有利である場合が多いことを率直に認めたいと思います。

 一方、私自身は、おそらく普通の人よりも何割か増しで『自由人』であることと、住居に対する拘りが小さいことから、賃貸暮らしが性に合っています」

 この議論には、論者の好みや自己正当化の感情に加えて、人生観や見聞きしてきた経験の差などが反映していて、深入りすると面倒なので、これくらいで切り上げるのが賢いのかも知れません。

 とはいえ、「その人の人生観による」とだけ答えるのでは、まるで専門的な回答能力がないくせに、金融商品や生命保険などを売ろうとして相手の様子を見る小狡いマネー・アドバイザーのようで、回答の後味がよくありません。

 比較の「考え方」を少々補足してみたいと思います。

 読者が囲碁というゲームに馴染みがあればいいのですが、囲碁について考える際に「手割り」という考え方があります。例えば、黒と白が何手か打ち合って出来た形を評価する際に、既に「互角」と評価されている別の形と比較して、例えば黒が2手、白が2手加えて評価したい対象の形が出来ているとします。この発見が得られた場合、その追加の2手ずつを評価して形全体の評価を得ます。

 例えば「共に互角の形に付け加えた、黒のAの手は価値ある手だけれども、Bの手は働きの乏しい一手の価値がない位置にある。これに対して、白が追加した2石は共に意味のある効率的な場所にあるので、この形は白が有利のはずである」といった結論を出します。

 持ち家・賃貸問題も、損得を論じる場合も、このようなアプローチが有効なのではないでしょうか。例えば、純粋に「持ち家」と「賃貸」の損得を比較する場合には、住む物件は同じである必要があろうかと思います。投資のパフォーマンス評価をする場合に「リンゴはオレンジとではなく、リンゴ同士で比較すべきだ」といった比喩で、適切なベンチマークとの比較が強調される事情と同じです。

 さて、今、筆者の手元に、拙宅近所のマンションのリノベーションした一室の購入を勧めるパンフレットがあります。駅から至近の場所にあり、建物は古いのですが部屋はフルにリノベーションされていて、専有面積が60平米強の2LDKの物件です。同じ建物の、別のこの部屋よりも少しだけ広い2LDKの賃貸物件の家賃はネットで調べると管理費を合わせて24万円程度です。以下、計算を簡単にするために、25万円としておきましょう。年間300万円で住むことが出来ると考えます。

 仮に、年間家賃300万円のこの部屋を6,000万円で買うことが出来るとしましょう。初期値を「6,000万円の現金保有」とします。

「持ち家=A」と「賃貸=B」の当面の年間収支と財産価値を比較してみます。当面の年間収支だけで見ると、持ち家の価値の経年変化や相場変動、あるいは賃貸の場合の将来の家賃の変動などの要素を反映できませんが、これらは後から考えるとした暫定的比較です。

【初期値】現金6,000万円
【A1】家賃支出→0、純財産=6,000万円(全て持ち家)
【B1】家賃支出→▲300万円+銀行預金の利子ほぼゼロ、純財産=6,000万円(銀行預金)
【B2】家賃支出→▲300万円+投資収益300万円(税引き後5%のリターンを仮定)、純財産=6,000万円(例えばインデックスファンド)

 B1は敢えて作ってみたケースで(現実にありそうなケースでもありますが、低リスクですが、損でしょう)、比較する価値があるのは、A1とB2でしょう。共に住居費以外の生活費を賄うに十分以上の収入があれば、問題なく暮らすことが出来そうです。

 ここで、「資産としての価値のリスク」が、「A1の持ち家」と「B2の投資」(例えばインデックスファンド)とで五分五分であれば、A1とB2は互角だと一応は評価出来そうです。

 大まかには、(1)不動産価格全般の方が株価よりは安定している、しかし(2)持ち家には分散投資でリスク低減できない個別物件リスクがある、(3)持ち家だと将来の家賃変動リスクを気にしなくていい、(4)持ち家よりも投資の方が資産としての流動性が高い(部分的にも直ぐに換金できる)、といったプラス・マイナスの要素が考えられます。

 ここまでの比較だと、互角ないし、何かと身軽な分B2が若干良く見えるかも知れません。

 さて、加えて考える要素ですが、最大のものはローンではないでしょうか。以下のような比較を考えてみます。資産ゼロの人が6,000万円借りるとします。賃貸派はこの資金をインデックス投資に回すとします。

【初期値】資産ゼロ
【A2】家賃支出→0、▲ローン金利a、純財産=0(ローンと持ち家)
【B3】家賃支出→▲300万円、▲ローン金利b、投資収益=300万円、純財産=0(ローンとインデックスファンド)

 今回の比較は、ローン金利a=ローン金利bならば、A1とB2が互角の評価なら、「互角」と判断できるでしょうが、通常は特に本人が住む住宅担保のローンは金利が低い。そして、そもそも使途が「インデックスファンドへの投資」ということではお金は借りにくいし、借りられても金利はかなり高いでしょう。

 また、現下の情勢はなかなかに複雑で、住宅ローンに関する税制上の優遇措置を考えると、時には住宅ローンを借りた方が有利だと言える場合もあり、現実によくある住宅購入を考えると、持ち家派がぐっと有利になります。仮に、億円単位の資産を持っている場合でも、同じ物件をキャッシュで買うのではなくて、住宅ローンを借りた方が有利だと言える場合があるかも知れません。

 尚、億円単位の資産を持っていて数千万円の家を買う場合、資産のない人や少額な人と較べると、家という一つの資産にリスクが集中することの悪影響は幾分緩和されると考えることが出来るでしょう。逆に経済力の乏しい人は資産が一不動産物件にだけ集中します。

 また、現実世界は、投資理論が仮定するように自由にお金を貸し借りできる世界ではないし、制度上のあれこれや金融機関同士の苛烈なローン獲得競争を考えると、「住宅ローンには金融機関の儲けの分が含まれるので、キャッシュで買うよりも必ず損なはずだ」と損得を推定して決めつけることが出来ません(金融機関は金利以外の手数料で儲けるのかも知れませんが)。

 一方、「大家の利益」や「空室リスク」については、持ち家の場合大家の利益相当分の家賃を支払い続けなくていいメリットが現実的に大きいように思えますが、一方、これは賃貸に回したときに妥当な条件で客が付くなら、そこから得られる利益を自分が住むことによって放棄しているということなので、その効果は案外大きくないかも知れません。もっとも、現実には貸して得られる利益額で、同等の物件を賃貸できるということはなく、何らかの差額は発生するでしょう。

 また、「空室リスク」は職業にもよりますが、転勤や転職もあると考えると、当面自分が住むからといって将来の空室リスクはゼロではないのが実態です。もちろん、赤の他人が住む場合よりは先が読みやすいという要素はあります。

 あれやこれやを考えると、長期間定住できる見込みがあるなら、持ち家の方が経済的に有利ではないかと考えられる要素が多い印象を受けます。

 加えて、質問者が指摘されているように、持ち家の場合は、自分の好みやライフスタイルに合わせて、部屋を改造したり、そもそも好みの家を建てたり出来るので、この点のメリットも考える必要があります。

 質問者の指摘されている日本の住宅の質の低さをカバーできる可能性がある点でも、「持ち家に利あり」という意見に傾きそうになります。

 一方、住む場所が変わる可能性を考えると、賃貸の方が明らかに身軽です。転居で物件を売ることを考えると、売買の仲介手数料だけで6%もかかりますし、買い手を探すのも手間と時間が掛かるし、希望価格から値下げしないと売れないかも知れません。この点、賃貸は直ぐに移ることができますし、費用も小さい。

 私個人の感想を言うと、「100年持つ住宅」は住み心地がいいのだろうと想像しますが、「数十年も同じ場所に住むのか」と思うと、少々気が遠くなりそうな感覚を覚えます(これは、たぶん私が普通の人よりも「自由重視」だからでしょう)。

 因みに、私の数えて3回前の引っ越しは、子供の学校の状況が良くなかったことが理由でした。クラスが荒れていて、子供が学校を嫌いになりそうでした。親の要望で学校の対応を改善できる可能性は乏しいと判断して、別の学区に急いで移りました。この引っ越しは、子育ての手段として文句なしに正解だったと思っています。引っ越しに至る理由は、仕事など自分の都合ばかりではありません。

 さて、「互角」の条件に、一方をプラスしたり、マイナスしたりする議論を続けて来ましたが、実は、多分最重要な要素が抜けています。それは、住宅の価格です。

 筆者の手元にあるパンフレットを、もう一度見てみます。販売価格は、9,998万円とあります。これをほぼ一億円とみると、推定家賃収入の年間300万円では、投資として3%の利回りにしかなりませんし、実際には、各種の経費や税金が掛かるので実質利回りはもっと下がります。パンフレットには、管理費月額1万9,210円、修繕積立金月額1万7,093円とあるので、最低限これだけの追加支出があることが分かります。

 実際に購入する場合には、多少の割引きがあると推測しますが、それでも、この水準の価格では高すぎると「私は」強く思います。例えば、お金持ちの買い手にとっては、「1億円の使い方として、インデックスファンドを買って、その収益でこの物件と同等の賃貸住宅に住む」といった対案の方が遙かにいいように思えます。

 因みに、パンフレットには、35年払いの例として、「頭金0円、月々25万4,430円」とあります。住宅ローンを出すのは某メガバンクで金利は0.475%(変動金利)で、店頭金利よりも最大2%強低いのだそうです。

 立地の利便性は最高で、おそらくリノベーションで綺麗に見える部屋なので、「毎月、家賃並みの返済額でお住まいになれます。しかも、家賃は幾ら払っても、捨てるようなもので、家は自分のものにはなりませんが、ご購入頂いた場合ローンが終わると、このお部屋がお客様のものになります。お部屋がご自分のものになる支払いと、そうでない支払いとのどちらがいいでしょうか?」などとセールスマンに言われて契約してしまうお客さんがいるのではないかと想像すると、胸がドキドキします。

 もちろん、私とは異なる「値段観」を持つ方がいて、別の結論を出してもいい訳ですが、「持ち家がいいか、賃貸がいいかは、主として家の値段により、値段を前提としない優劣評価は無意味な議論である」と結論したいと思います。