※本記事は2013年12月20日に公開したものです。
NISAの運用アドバイスは大半が「変!」だ
推測だが、投資家のタイプ別に適切な運用商品の選択が大きく異なると考えておられる読者がかなりおられるのではないか。中には、自分の「タイプ」を見つけるために、雑誌や金融機関が用意したアンケートに取り組むような方もいるのではないか。だとすると、全くお気の毒なことだ。
例えば、もうすぐ始まるNISA(少額投資非課税制度)をどのように使うのがいいのかに関して、雑誌、新聞、金融機関のホームページなどに、夥しい量の「アドバイス」が載っている。しかし、これらのアドバイスが適切であるか否かを、投資家の損得の立場から評価してみると、はっきり言って半分以上が「明確にダメ!」と判断できるものだ。そして、これらのダメなアドバイスの多くが、年齢・性格・投資経験・資金使途、などによる投資家の「タイプ別」に分類された上でなされている運用アドバイスなのだ。
NISAの適切な使い方については、本連載の196回目「日本版ISAでの正しい運用法」で述べた内容をご参照頂きたいが、運用金額が数百万円から数億円くらいまでの範囲の大半の投資家にとって、特にNISAの初年の100万円に関して、マーケットに対する判断の違いで最適な運用内容が変わることがあるとしても(特に「リスク資産」の内容・配分が多少変わることはあり得る)、投資家のタイプの違いによって多様な金融商品の選択肢が最適になることは、先ずあり得ない。
あらかじめ結論を言うと、投資家の「タイプ」によって選択すべき運用商品が大きく変わるというのは、運用業界・金融業界の運用商品のマーケティングの為に作られたフィクションである。疑ってかかるほうがいい。
先入観を捨てて考えてみよう。
お金は、将来これを十分持ってさえいるなら、その使い途は将来になってから決めることができる。それなのに、「老後資金」とか「(子供の)学資」、「医療費」などと将来の資金使途を決めてお金を貯めかつ増やそうと考える必要はない。
また、年齢が若いとしても、高齢だとしても、運用にあって、リターンが高い方がいいのは同じだし、リスクが小さい方がいいのも同じではないか。老・若何れであって、リスクに対してリターン獲得の効率の良い投資の選択肢があれば、それでいいのではないか。見落としがちな要素だが、リスクの大小は、リスク商品の購入金額の多寡で調節できるし、それがよりシンプルで確実だ。
加えて、少額を運用する素人の初心者でも、巨額の資金を運用するプロフェッショナルでも、同じ株、あるいは同じファンドを買うなら、投資資金に対する比率で見たリスクとリターンは全く同じである筈だ。初心者だからといって効率の悪い運用商品を買うのは損だし、ベテランならダメな商品を持っていても上手く対処できるというものでもない。投資経験で最適な投資対象が変わるという想定には嘘がある。
金融マーケティングの種明かし
賢い投資家は、「投資家タイプ別にピッタリの資金運用」というコンセプトを大いに疑うべきだ。
金融商品の売り手側の利害の立場からいうと、純粋な損得から投資家の注目を逸らして、手数料の高い運用商品に興味を持って欲しいという意図から、投資家のタイプ別に、商品を開発し販売する形のマーケティング戦略が発生している。売り手側は、年齢、性格、資金の使用目的、といった違いによって、シンプルで手数料の安い商品ではない商品にあれこれ注目して欲しいと思っている。
さらに、金融機関の商品企画の担当者が、頻繁に新商品を生むには、投資家のタイプによってさまざまなニーズがあることが大事だ、というフィクションがある方が好都合だという事情もあるだろう。金融の世界で画期的な新商品を頻繁に作ることができるはずがない。しかし、企画屋は新商品を作らなければならない。
また、販売の現場では、販売会社としては新商品の方が売りやすいようだ。
加えて、マネー記事を載せる媒体の側でも、「投資家のタイプ別にいろいろな運用選択肢がある」という想定の方が、幅広いスポンサーから広告を取りやすいし、ページのレイアウトも埋めやすいという事情もある。
金融機関の具体的なマーケティングの手口を挙げてみよう。
老後の生活費を意識した資金運用ではインカム・ゲインが大切だというフィクションを振り撒いて、手数料の高い毎月分配型のファンドを売る。
本来色の着いていないお金に「学資」の色を着けて、運用としては何らベストでない学資保険を買わせる。
あるいは、初心者にアセットアロケーションは難しかろうと強調してバランス・ファンドを売る、といった具合だ。
また、ベテランの投資家やアドバイザーなら、信託報酬等の手数料は高くても運用の上手いアクティブ・ファンドを適切に選ぶことができる、などということもない。
何れも「投資家にとっては明らかに損だ!」と指摘しておく。何れの商品の購入も、「適切なリスク水準で、効率よく運用して、お金の使い途は後で決める」という常識的な資金運用とお金の扱い方に対して、明らかにベストからはほど遠い状態に資金を置く非合理的な行動だ。
「タイプ別運用法」を卒業するための心得五箇条
「投資家タイプ別に最適な運用方法がある」という、投資家を誤りに導きやすい発想を卒業して合理的な運用を考える為の心得を考えてみたら、以下の五箇条の心得になった。
- 心得その一、年齢によって運用が異なるという話を疑う。
- 心得その二、将来資金使途によって運用が異なるという話を疑う。
- 心得その三、「投資の初心者」という言葉に甘えない。
- 心得その四、リスクの大きさは投資金額で調節できると知る。
- 心得その五、「投資家タイプ別」という記事を見たら広告を疑う。
特に、年齢によって選択すべき運用商品が異なるという通念は広く行き渡っており、お金を持っている高齢者が商品選択を誤りやすいが、単に「リスク当たりのリターンの効率がいい商品の組み合わせ」を適当な金額買えばいいのだ、と覚えておくといい。
「ポートフォリオにまで歳を取らせる必要などない!」(ウォーレン・バフェット氏を見よ)と申し上げておく。
【コメント】
10年前の記事だが、タイトルを見ただけで、今の自分には常識で、中に何が書いてあるのかが読まなくても分かる。
だが、それまでの、少なくとも数年間「投資家のタイプによって適する運用方法が異なるのだ」という先入観を捨てることがなかなか難しかった。機関投資家の運用にはALMという考え方があり、将来の使用目的・資金の性質などで運用内容を変えることが半ば常識化していたので、むしろ、「投資家のタイプ」をどう分類し、それぞれにどのような運用方法・運用対象を考えたらいいのかという方向に意識が向いていたからだった。
先入観を払拭するには、投資家のタイプ別に、運用Aと運用Bを比較するといった「勝ち抜き戦」を頭の中でやってみたところ、ある「運用X」が常に勝つことが分かったからだった。お金というものの性質を考えると当然である。
因みに、この問題にあっても、データを見るのではなく、論理を突き詰めて考えることの方が有効だ。データで決めようとすると間違えた可能性が大きい。
「正しいこと」が分かってみると、「投資家のタイプ別の運用」という考え方は、商業的に散々利用されていて、明らかにダメな金融商品や金融アドバイザーを無駄に延命させている少なくとも注意を喚起すべきコンセプトであることが分かった。そして、金融商品取引法にもある「適合性の原則」という考え方が、話を少々ややこしくしている。
ダメな商品・アドバイザーを駆逐することは社会的に大いに意義があるが、その作業にはまだ終わりが見えない。(2023年6月27日 山崎元)