5月雇用統計の予想
BLS(米労働省労働統計局)が6月2日に発表する5月の雇用統計は、NFP(非農業部門雇用者数)の市場予想は+19.0万人となっています。前回4月は+25.3万人、3カ月平均+24.8万人でした。雇用増が20.0万人を下回れば、2021年1月以来のことになります。
「インフレ率を下げるには、雇用市場の熱を下げる必要がある。」これがFRB(米連邦準備制度理事会)の考えです。パウエルFRB議長が「適正」と考える雇用者数は約10万人増程度。5月の予想は、その2倍弱ですから、雇用市場の過熱状態はまだ続いていることになります。
失業率は、前回より0.1ポイント悪化して3.5%の予想。平均労働賃金は、前月比+0.3%、前年比+4.2%(前回+0.3%、4.4%)の予想となっています。
賃金上昇率はFRBのインフレ目標に見合う水準を少なくとも1.5%上回っているといわれています。この賃金高止まりに歯止めをかけない限り、インフレは終息しないとパウエルFRB議長は指摘します。
労働市場の調整は供給サイドからではなく、需要サイドから行う必要があるとFRBは考えています。なぜなら、労働力の供給問題は人口学(老齢化社会)にかかわる問題であり、解決には長い時間が必要だからです。
少子化対策は、中央銀行ではなく、政治の仕事です。FRBにできることは、金融引き締め政策で景気にブレーキをかけることで、企業に労働力の需要調整を促すことです。
FRBは最近、政策指針に関して重大な変更を行いました。これまでの「フォワード・ガイダンス」をやめて、「バックワード・ガイダンス」に切り替えたのです。金融政策の政策指針を示すのではなく、決定に至る要因を示すようになったのです。
今後のインフレ見通しに基づいて利上げを決定する代わりに、現在までのインフレ率のデータに基づいて判断していくことになります。
「バックワード・ガイダンス」によると、インフレ率の低下には時間がかかるというFRBの考えをデータが裏付けているようだと、パウエルFRB議長は述べています。FRBは利上げを継続するか、しばらくの間金利を据え置く確率が高い。今年中に金利を引き下げることはないということになります。
仕事やめるの、やめました
6月FOMC(米連邦公開市場委員会)会合での利上げは「五分五分」というのが現在の市場予想。するかしないかは経済データの結果で判断すると、FOMCメンバーは口をそろえます。その重要な決定要因となる5月雇用統計は、「強い」という予想が出ています。
米国の労働力不足は、雇用のミスマッチよりももっと根深い構造的問題だといわれています。
米セントルイス連邦準備銀行によると、 2009年から2020年までの約10年間の、米国における雇用増の理由のほとんどは、「55歳以上の就業増」で説明できるそうです。
2008年のリーマンショックの株価大暴落によって老後の生活資金の多くを失ってしまった当時のシニア層は、生活のために働き続けるしかありませんでした。しかしそれから15年がたち、新型コロナ感染が世界中に広がる中で、2020年の米国の株式市場の株価はリーマンショック前を超え史上最高値を更新するまで上昇しました。
そのおかげで、引退資金を手にした、これまで労働力供給の中心を担っていた層が一斉に雇用市場から去っていったのです。
しかし、この話はまだ続きがあります。これから第二の人生を楽しもうとしていた引退組は、新型コロナ禍の次に到来した猛烈なインフレのせいで、みるみる貯蓄が減っていくことにがくぜんとしたのです。最近の米調査によると、退職した人の4分の1以上が、仕事をやめなければよかったと後悔しているそうです。
必要に迫られて再就職を考えているのは、FIRE(経済的自立と早期退職)で仕事をやめた40代ミドルシニア層も同じでした。FIREは、穏やかなインフレと右肩上がりの株式市場という想定で成り立つライフスタイルです。急激な金利上昇に経済がついていけず、株式市場が本格的なダウントレンドに入る時代では、以前の生活水準を維持することが難しくなったのです。
FRBの考えは、金融引き締めによる景気減速によって、雇用の需要サイドを調整(縮小)しようとするものでした。しかし実際には、景気減速による供給サイドの調整(拡大)が起きようとしています。
より多くの人々が労働市場に復帰すれば、需給の関係で労働賃金も低下する。FRBからすると、失業率上昇を回避しつつインフレを抑制する目標を達成できる可能性が高くなったわけです。
FRBが米景気後退を予測しながらも、失業率に関しては楽観的見通しを維持するのは、この状況を予想していたのかもしれません。景気サイクルが米国の労働力不足を短期的に緩和するかもしれませんが、長期的な構造問題が解決されたわけではありません。