これまでのあらすじ

 信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始めた。将来に向けての話し合いの中、知識&情報不足を痛感した二人は、情報収集に動き始める。理香は、アメリカ人上司で資産形成に一家言を持つマイケルの話を聞くことに…。

自分はどう生きていきたいか

 ちょうど同じころ、マイケルは、部下の理香から、夫の愚痴交じりの同じ質問をぶつけられ「僕とは条件が違うから参考にならない」と全く同じようなセリフで、前のめりな理香をなだめていた。

 アメリカでは、何らかの形で奨学金を選択している学生が7割を超える。マイケルの息子二人も奨学金で進学し、現在は独立してアメリカで働いている。将来は日本で「ワビサビ」を満喫したい、という夢をかなえて妻の祖国の日本へ居を移し、ここで人生の終焉を迎えるつもりのマイケルとは、人生観も生き方も違うのだ。

「まずは理香が、どんな人生を送りたいのか、将来どんなレベルの老後を送りたいのかっていうことを決めるのが先だよ」

 それによって、必要な額や準備も変わってくる。そうマイケルは諭した。

「いくら貯めるかじゃなくて、どう生きるか。それが資産形成の基本だよ」

「資産形成…」

 普段聞きなれない言葉らしく理香が、顔を上げて問い返す。

「それは貯金ではなく?」

「貯金や投資は資産形成の手段の一つだよ」

「君はマーケティングの仕事で「ドリルと穴」の話を聞いたことがあるだろう?」とマイケルは理香に分かるような言葉を選んで説明をし始めた。

「ドリルが欲しい、というお客様が本当に欲しいものは何か」

「[穴]ですよね」と理香は答える。

 ドリルが欲しいとやってきたお客様は、「ドリルという工具が欲しい」わけではなく、壁や板に開ける「穴」を欲しがっている、というのがマーケティング理論における正解なのは、IT企業のマーケティング部門に所属する理香もよく知っているエピソードだ。

 それと同じだよ、とマイケルは続けた。

「貯金や投資を通じて、君が本当に欲しいものは何かを考えてみたほうがいいと思う。単純にお金なのか、将来の安泰なのか、子供たちの満足なのか、人生の納得感なのか…」

 それが手に入るのであれば、貯金でも、投資でも、保険でも、節約でも、手段はなんでもいいと思うよ、とマイケルは言った。

「まずはパートナーと、どう生きたいか、パートナーと将来のイメージをすり合わせてごらん」

 仕事を通じて、理香の瞬発力は認めているが、はるか遠くを見通すためには、パートナーの意見を組み入れたほうがいいかもしれない、とマイケルは思う。ホームパーティーで少し立ち話をした理香のパートナーは、冷静でロジカルな、温厚な人物だという印象が強く残っている。

 理香の人生は理香のものだけれど、二人で歩むことを決めた以上、パートナーの共感を得られなければ、本当の納得感は得られない。あの男性なら、きっと、ポジティブな分だけ大胆で楽観的な理香のコントロール方法も熟知しているだろう。

 自分の母国、アメリカは、世界の中で最も資本主義を体現している国家であることに、マイケルは誇りを持っている。自分たちが稼いだお金を、株式市場に入れることで、社会や経済に貢献していることも誇らしい。

 人生の終焉の場として選んだ日本に来てみて驚いたのは、バブル崩壊の痛手を引きずっている人々が予想以上に多かったことだ。

 米国経済もずっと堅調だったわけではなく、アップダウンを繰り返してその痛手に耐えてきた。ただ、日本人という心優しき人々は、一度の痛手に深く心を痛め、とにかく「現金」で持っていれば減らない、と、堅く心に刻んでしまった。

 確かに現在の日本株は健全とはいいがたい部分も多い。しかし、保身の守りに入ってしまったらますます日本経済は停滞する。こんなときこそ、未来のある国の投資信託や、成長過程の企業の株式を購入して、市場にお金を入れることが大事だ、と、若い時期から積極的に投資に参加してきたマイケルは強く思う。

 日本経済は資金を得て、健全に回り始める。日本人は、社員として給料をもらうだけでなく、株主になってリターンを得る。これが、資本主義が健全に発展していく理想形だ。

「理香が、資本主義に参加する瞬間に立ち会ったことは、とてもエキサイティングだな」

「私…ちょっと遅すぎたでしょうか?」

「いや、No time like the present!(思い立ったが吉日)」

 焦ったように考え込む理香に笑いかけ、マイケルは立ち去った。

 

 

 

なぜ資産形成をしなければならないのか

 まず理解して頂きたいのが資産形成はギャンブルではないということです。ギャンブルは掛け金を集め、そこから経費や税金を差し引いた残金を当たり外れで分配するゲームです。競馬の場合では、集めた掛け金のうち約25%を運営元が最初に取り、残りの約75%を取り合うことになるので、やり続ければ必ず負けるゼロサムゲームです。

 しかし、資産形成における長期投資は全員がプラスのリターンを享受できます。例えば米国株のNYダウなどは毎年最高値を更新していますので、どのタイミングでNYダウを買った人もリターンを得られるのです。誰かが損をして誰かが特をするのがギャンブル、誰も損をせずに皆で豊かになれるのが投資と言えます。

 そして、資産形成は社会貢献でもあるのです。自立した個人として働いた対価として給与をもらい、その中から投資としてまたそのお金を社会に還元し、そのお金によって企業が社会問題を解決しながら成長し、株価が上がり、投資した個人も豊かになっていきます。

 昔はこの役割を銀行が担っていましたが、今は私たち個人が投資をすることで、資本主義経済の一端を担っているのです。逆に投資をせずに現金だけで置いているのは、自己中心的な考え方と言ってもいいかも知れません。

 会社が終身雇用で面倒を見てくれて、給与も年々上がっていくというのは、日本が高度成長期だからこそできたことで、そのモデルはとっくに終わっています。

 人生100年時代の中、個人が資産形成にも責任をもち、仕事のスキルアップや健康と同じように一生の問題として資産形成を捉えていく必要があります。

POINT

1 投資はギャンブルではない

2 投資は社会貢献である

3 資産形成は個人が考えなければいけない一生の問題である

中桐 啓貴
(なかぎり ひろき)

IFA法人GAIA代表 ファイナンシャルプランナー
山一證券、メリルリンチ日本証券を経て米国でMBA取得。米国のファイナンシャル・アドバイザーが長期的に顧客に寄り添う姿に感銘を受け2006 年GAIA創業。価値観を重視したヒアリング型の資産運用コンサルティングを提供している。

<2-1>資産形成、何から始めればいいのか分からない!