今回は、勉強熱心な読者のために、推薦図書を一冊ご紹介する。

アメリカの投資のテキストして有名なツヴィ・ボディー、アレックス・ケイン、アラン・J・マーカスの『インベストメント<第8版> 上・下』(平木多賀人、伊藤彰敏、竹澤直哉、山崎亮、辻本臣哉訳、マグロウヒル・エデュケーション発行、日本経済新聞社発売)の別巻の『問題回答編』(訳者、出版社は同じ)が面白い。

『インベストメント』は上下で合計1万円の大部のテキストだが、この問題回答編はコンパクトで価格も2,600円と安い。

基本的に『インベストメント』の章立てに対応した著者による問題とCFA(米国証券アナリスト)資格試験の問題と回答が載っている。28章あって、各章にほぼ十数個の問題があるので、相当に楽しめる。前半に28章分まとめて問題編、後半にまとめて解答編という構成だ。一つだけ注意点を申し上げると、大量の文章を一冊に詰め込んでいるので、文字が小さいから、高齢者には少し厳しいかもしれない。しかし、中身は掛け値なしに面白い。

解答に納得できない場合や、基礎知識を確認したい場合を考えると、テキストも揃えておくといいのだが、問題と解答を交互に見ながらあれこれ考えると、クイズ性のある読み物として通読できるので、問題集だけを買ってもいいだろう。「投資頭」を鍛える、良質な暇つぶしになる。

資産運用に関するコラムを書いている立場からすると、材料に使えそうな「ネタ」がたくさんある本なので、紹介してしまうのは少し惜しい気がしないでもないのだが、「考える投資家」が増える方が楽しいので、もったいぶらずにご紹介する次第だ。

問題集の効用

筆者の場合、大学受験の受験勉強ははるか昔(30年以上前)の話になるが、どの科目も分厚い定番の参考書を読み切った記憶がない。恥ずかしながら、参考書は何冊も買ったのだが、つまみ食いをするように一部だけ読んで、そのままになることが多かった。

受験勉強をやっていて、多少は面白いと思ったのは、結局問題集を解くときと、模擬試験を受けている時だったように思う。何らかの具体的な問題があると、これを解決しようとして頭にスイッチが入るので、結局、問題を通して知識を吸収することが多かった。

投資に関する理論も、これを実感を持って理解するためには、具体的な問題とセットで勉強するのがいいのではないか。「効率的市場仮説」といった概念を学ぶ際にも、どのような事例がこれに当てはまるのかが確認できる方がいいし、期待リターンやリスク、あるいはβ値といった基本的な数字は具体的に計算してみてはじめてよく分かる。

筆者は、大学の授業では、概念から話して余裕があれば具体例に触れる講演調の講義をすることが多いが、こうして問題集を読んでみると、抽象概念を説明する前に、具体的な問題を提示する方がいいのではないか、といった反省も生まれてくる。

問題の例

問題と解答を いくつかご紹介しよう。 なお、以下の例では、文字数の関係で、筆者が適宜縮めた文章で内容をご紹介するので、正確な内容については書籍に直接当たって欲しい。

第5章「歴史から、リターンとリスクを学ぶ」の第 2問は以下のような問題だ。

「あなたは、1880年までの米国株式の実績リターンを計算できるデータセットを偶然発見した。次年の米国株式の期待リターンを予想するのに、これらのデータを使用する長所と短所を挙げなさい」(p59)。

何を手がかりに答えていいものか、少し考え込んでしまう問題だが、解答編には、リターンの分布が安定的なら、より長い標本期間のデータを使うことが予想の精度を上げるのに役立つが、リターンの分布の平均が変化しているなら、期待リターンは過去の中でより最近の期間で推定されなければならない、とある。

解答は、続けて、「ここで、1880年までのすべてのデータを用いることは適切とは思われない」ともう一歩踏み込んで述べている。

投資の実務家も、より長期間のデータを使う方が推定精度が改善すると素朴に信じる傾向があるが、市場や経済の構造や投資家のリスクに対する態度が変化した場合には、古いデータの混入はかえって推定の妨げになる。

現実の例として、公的年金の運用計画の策定では、過去30数年のリターンのデータが使われているが、これは いささか長すぎるように思う。特に、国内債券のリスク値は最近と過去では大幅に異なり、長期間のデータから推定された債券の大きなリスク値を前提に「全体として債券並みのリスクの資産配分だ」と言われても釈然としない。

ところで、問題の解答をありがたがるばかりでは、問題集を100%楽しんでいるとはいえない。解答にツッコミを入れる余地はないかと考えてみることで、「投資頭」がもう一段活性化するはずだ。有名なテキストだからといって、丸ごと信じるようでは、投資家として物足りない。

この問題の場合、サンプルの分布の平均が変化した場合に予測に使うデータに配慮が必要なことはその通りだが、過去のリターンから将来のリターンを推定してもいいのか、という点が問題になる。投資の世界では、将来が過去の単純な延長線上にないことが多い。特に前提条件が変わった場合には、過去のリターンから将来のリターンを推定すること自体が不適当だろう。現実的には、「前提条件」として、経済の生産性の変化や、企業金融構造の変化、投資家のリスク拒否度の変化などを考慮しなければならないし、現に、機関投資家が不十分ではあってもやろうとしているのは、そういうことだ。

積み立て投資を実践している投資家が好きなドルコスト平均法の問題もある。第11章の18問目だ(p95)。「ドルコスト平均法とは、毎月500ドルのように、どの期にも株式を同じ額だけ買い続ける投資手法のことをいう。この戦略の考えに従うと、株価が低迷している月には定額の購入からより多くの株式を、株価が高いとき、より少ない株式を購入する。長期で平均で見ると、この戦略を取る投資家は、価格が低いときより多くの株式を買い、価格が高いときより少ない株式を買うことになる。したがって、ドルコスト平均法投資は、結果的に市場タイミングをよくとらえることになる。この戦略をどのように評価するか」。

解答は、次のようなものだ。「投資戦略としてのドル平均法の背後にある考え方は、株価が『標準的』水準で上下動するということである。もしそうでないなら、『株価が高いとき』という表現には何の意味も見いだされえない。たとえば、今日25ドルの株価が今から6カ月後にその時の株価と較べて高いかあるいは低いと見なされるようになることを、あなたはどうして知り得るのであろうか」(p270)。

筆者もドルコスト平均法が「有利な投資方法である」との考え方には批判的だが、この解答は、今まで気づかなかった理由をシニカルに指摘していて面白い( いくらか不親切なようにも思うが)。

投資の問題を解くコツ

第11章の15番の問題は応用範囲が広い。

「Tビルの月次リターンが1%で市場はこの月1.5%上昇した。株式β値が2であるA社は、この月、予想に反して、同社に100万ドルの支払いをもたらすべく裁判に勝利した。

  • (a) もしA社の月初の株式時価総額が1億ドルであるなら、この月の同社の株式リターンはいくらになるか
  • (b) もし市場がA社の勝訴と200万ドルの支払いを期待していたなら、(a)に対するあなたの答えはどう変わるか」

半ば問題の中に答えがあるようなものだが、答えは、(a)が3%、(b)が1%だ。予想外のことが何もなければA社のリターンは2%のはずで、(a)の場合はプラス1%の、(b)の場合はマイナス1%の「ノンシステマティックリターン」があったはずだと解釈されている。後者では「100万ドル失望」があった、という理解だ。

問題集を眺めると、多くの問題で、事前の予想と新しい情報のギャップをどう解するべきかが、問題のポイントになっている。

この点は、「イベント投資」の根幹をなす問題であり、実際の投資に当たっても常に念頭に置かなければならないポイントだ。

読者には、問題集を楽しんで、投資にも強くなって頂きたい。