インデックス運用は「理論的」か
インデックス運用、特に、TOPIX(東証株価指数)、MSCI、S&P500といった時価総額ウェイトの株価指数に対するトラッキングを目指す運用を、CAPM(Capital Asset Pricing Model:資本資産価格モデル)に基づく理論的な運用ないしは、理論の応用だと主張する向きがある。
これらの株価指数は、時価総額加重のポートフォリオである点で、CAPMでいう「マーケット・ポートフォリオ」と似ている。確かに、それぞれをマーケット・ポートフォリオだと考えると、「インデックス運用は、CAPM理論の直接的な応用だ」と言いたい気持ちになるのも分かる。
また、実務家が、たとえば個別銘柄や株式ポートフォリオについて、日本株であればTOPIXに対する感応度を「β値」(推計方法は何通りかある)として期待リターンを求めることもあれば、さらにこれを、企業価値を求める際の割引率に使う場合もある。
加えて、アカデミックな世界でも、30年くらい前までは、S&P500をマーケット・ポートフォリオと仮定して、CAPMに関する実証研究を行った論文が多数会った。
これだけ材料が揃うと、日本株の場合、「TOPIX=マーケット・ポートフォリオ」として、TOPIXに対するインデックス運用に投資することが、CAPM理論の応用だと理解する人がいるのも無理はない。
しかし、CAPMで言う「マーケット・ポートフォリオ」とは、投資可能な「全てのリスク資産」を時価総額ウェイトで保有するポートフォリオのことなので、一国だけの株式市場の株価指数がこれに該当しないのはもちろんだし、不動産やリスクを持った債券、場合によっては商品なども含まれていなければならない。
理論としてのCAPMの実証的な検証自体が、「マーケット・ポートフォリオ」が特定できないために暗礁に乗り上げたことからも分かるように、「マーケッ・ポートフォリオ」を具体的に特定することは難しい。
それに、投資家でもある我々自身がマーケット・ポートフォリオを特定できていないわけだから、考えてみると、理論としてのCAPMが成立していること自体が疑わしい。現実に多くの投資家が、業種も銘柄もウェイトも大いに偏ったポートフォリオを持っている。理論としてのCAPMが想定するような、どの投資家もリスク資産については共通のポートフォリオを持っているという世界は近似的にすら実現していない。
つまり、インデックス運用は、CAPMを現実の運用に応用したものだという主張は、誤解以外に基づいて主張することが困難だ。加えて、β値がほとんど何の役にも立たないことも当然だ。
CAPM理論の前半と後半
CAPMの結論は、証券アナリスト協会の副教材でもあり、代表的証券投資のテキストである「新証券投資論 I.理論編」(小林孝雄、芹田敏夫著。東洋経済新報社)によると、「マーケット・ポートフォリオが最も効率的なポートフォリオであること」と「個々の資産の期待超過リターンはβ値に比例する」ということに要約されるが、CAPMの導出の過程をもう少し順を追って眺めてみよう。
例えば、以下のような感じだ。
- (1) 投資家はリスク資産をポートフォリオとして保有する。
- (2) 仮定により投資家は共通の情報を持っているので投資家が直面する有効フロンティア(リスク当たりの期待超過リターンが最も効率的なリスク資産の組み合わせの集合)は全て同じだ。
- (3) 投資家は有効フロンティア上の点のいずれかと、仮定により同一のリスクフリー・レートで可能なリスクフリー資産での運用又は借り入れによる有効フロンティア上の点(M)に対応するポートフォリオの信用買いを行う。
- (4) この際、投資家は、リスクに対して消極的であっても積極的であっても、(3)のような運用を行い、投資割合の多寡はあっても、リスク資産の組み合わせは同じもの(M)に投資しているはずだ。
- (5) ここでリスク資産のマーケットの需給は均衡しているはずだと仮定されるが、するとMは全てのリスク資産を時価額のウェイトで保有した「マーケット・ポートフォリオ」であるはずだ。
- (6) マーケット・ポートフォリオが最適ポートフォリオであるとの条件から方程式を解くと、個々の資産の超過リターンのマーケット・ポーフォリオの超過リターンに対する相関係数(=β値)に比例した超過リターンを持つ。
- (7) マーケット・ポートフォリオに連動するリスクは超過リターンで補償されるが、個々のリスク資産のマーケット・ポートフォリオに連動しないリスクは分散投資によりゼロに近づいているので補償されない。
この導出過程の中で現実に対する妥当性が疑われるのは、まず(2)の共通情報と全投資家に共通の有効フロンティア、次に、(5)のリスク資産に関する需給の均衡と、これと共に導き出されるMがマーケット・ポートフォリオだという結論及び、(5)が正しいことから導かれる(6)、(7)だ。
ここで、個人にとっての運用上の妥当性を考えると、(2)、(3)、(4)のプロセスは、自分にとっての有効フロンティアとリスクフリー資産の組み合わせで代替すれば問題ない。
つまり、個人にとっての運用プロセスとして考えると、CAPMの前半(4)までのプロセスは、(1)の分散投資を前提に運用を考えるべきだということも含めて、妥当であり、概ね合理的だといえるだろう。
しかし、共通の情報に加えて市場の均衡を要求して結果を導き出す(5)以下の後半のプロセスは大いに疑わしい。
拙著「超簡単お金の運用術」の種明かし
たとえば、先の図のMに相当するポートフォリオが、幾つかのリスク資産の組み合わせとして分かった場合、個人の資産運用は、そのリスク資産の組み合わせとリスクフリー資産を持てばよい。リスクに対して積極的であっても消極的であっても、リスク資産の内容は同じでいい。
筆者はかつて「超簡単お金の運用術」(朝日新書)という本で運用の簡便法を説明したことがあるが、あえて種明かしをすると、その際の簡便法のベースになっているのは、上記で述べた考え方だ。CAPMの結論とはかけ離れているが、CAPMを考える上で使えると思える部分を有効活用した。
拙著では、内外のインデックス・ファンドを国内株4割対外国株(MSCI-KOKUSAI)6割で組み合わせたら、おおむね「M」に相当するポートフォリオとして問題ないのではないかと考えた。これは、現状でもそう大きく変わっていないが、その後、このホンネの投資教室では、「国内株:海外株=5:5」又は「国内株50%、先進国株35%、新興国株15%」という組み合わせを「M」として使えばいいのではないか、とご説明してきた。
これにさらに、リスクの水準に関して大雑把に割り切ると、先の拙著で述べた最も簡単なバージョンの運用方法に辿り着くことになる。