経済や投資に関する仮説の成否を確かめる際に、ある状態が大規模且つ永遠に近いくらい長く続いた場合に矛盾が起こるか否かを考えてみる方法がある。
たとえば、他人よりも相対的に有利に稼ぐことができる方法は存在するか、といえば、それは存在しないだろう。これはある意味で非現実的だし退屈な結論だが、「一つの方法(あるいは集団)が余計に稼ぐ」ということが続くと、富が極端に偏在してしまうが、そのようなことは起きていない。また、良さそうな方法があれば模倣が起こって、その方法の有効性が低下するはずだ。結局、「大規模且つ永遠」を考えることで、投資で相対的に有利な方法の有効性には限りがあるという「常識」を確かめることができる。
あるいは、為替レートであれば、超長期的には購買力平価が成立しなければ、同一財に対して二国の物価に大きな差ができてしまうのでまずい。
今回はこんな調子で外国債券の期待リターンと為替レートについて考えてみよう。
1. 名目金利と物価上昇率がちがう二国
次のような二国を考える。両国ともカントリーリスクは無視できる先進国で、為替も含めて資本取引は自由だと仮定しよう。
A国:金利1%、物価上昇率0%
B国:金利5%、物価上昇率4%
実質金利が同じで、物価上昇率が異なる。A国からB国通貨建ての債券・預金に(ここでは金利の期間構造を考えていないので債券と預金を区別しない)投資する際の期待リターンはA国通貨建てで何%だろうか。
仮にこれが5%だとすると、為替レートはスポット(直物)レートがずっと動かないことになる。すると、長い期間が経つと両国の物価水準に違いが出てくる。A国の物価が変わらないのに対して、B国の物価は10年後に1.48倍、20年後には2.19倍になっている(小数第三位四捨五入)。
また、この場合、B国からA国に債券に投資すると、利回りがB国通貨建てで1%にしかならず、もともとの金利5%と比較して、年率4%の損が発生する。A国からB国債券への投資は自国債券への投資よりも年率4%も儲かるから、資本の流れはA国からB国へと一方的になるだろう。
一方、長期的には購買力平価の関係が成立していなければならないはずだから、こうした状況が続くことは明らかにおかしい。基本的には、両国の金利のちがいを埋めるように為替レートが動かなければならない。
そうなるならば、B国からA国の債券に投資する場合の期待リターンもB国通貨建てでは5%になるから辻褄が合う。
また、市場の手数料を(金利のビッド・アスク差なども)捨象すると、フォワード(先渡し)の為替レートはまさに「両国の金利のちがいを埋めるように」決まり、通貨ヘッジを行っても行わなくてもA国からB国債券に投資する際のA国通貨建ての期待リターンは1%だし、B国からA国債券に投資するB国通貨建ての期待リターンは5%だ。
すべてが対称になっていて、これならスッキリしている。
2. 名目金利に加えて物価と実質金利が異なる二国
次のようなケースはどうか。
A国:金利1%、物価上昇率0%、(実質金利=1%)
B国:金利5%、物価上昇率3%、(実質金利=2%)
この場合も為替レートが不変だとすると、インフレ率に3%の差があるので、これが累積していくことになり、長期的には購買力平価から大きく乖離する。B国の物価は10年後に1.34倍、20年後には1.81倍だ。
一方、B国の債券の5%の利回りで10年、20年と運用すると、元本の1.63倍、2.65倍になる。物価の倍数で割って実質価値を求めると、10年で1.23倍、20年で1.46倍だ。
A国の債券での運用は実質価値ベースでは、10年後に1.10倍、20年後に1.12倍だ。
こうした世界で為替レートはどうなるのか。将来のスポット・レートがフォワード・レートと同じ経路を辿るなら、A国通貨建て、B国通貨建てでいずれの資産に投資しても上記のような実質価値が実現する。しかし、現実の為替レートはこのように行儀良く動くわけではなく、相当の為替リスクがあるので、両国通貨の市場はあるていど遮断されて、A国、B国それぞれで異なる実質金利(ひいては異なる金融政策)を実現することができる。
ただし、スポット・レートがフォワード・レートと同じ経路を辿った場合、A国通貨対B国通貨の為替レートは購買力平価に対して、10年後には約1.12倍(1.23÷1.10)、20年後には1.30倍(1.46÷1.12)になってしまう。将来、貿易による為替レート水準の訂正が起こるかも知れないし、超長期的には、それは起こらざるを得ない。
一方、購買力平価で為替レートが決まるとするなら、為替リスクはあるものの、もともとA国通貨建ての投資家もB国債券で運用することが有利になり、B国通貨建ての投資家はA国債券を買うと、為替リスクを負った上にB国通貨建ての債券に投資する場合と較べて損をする。購買力平価で為替レートが決まるという原則と、将来のインフレ見通しを市場の参加者が共通の認識で持っているとすれば、B国通貨からA国債券への投資は起こらず、逆方向の資本の流れだけが起こるので、為替レートは一方的な影響を受ける。
フォワード・レートと購買力平価に乖離が生じると、長期的には上記の問題が拡大するが、現実には、将来の金利は市場で形成されているが、将来のインフレ率については共通の予想が存在するわけではないし、正確なヘッジができるわけでもない。
超長期の合理的な世界で、全体の辻褄が合うためには、金利ないしはインフレ率が変動して(注;為替レートがインフレ率に影響する経路もある)、A、B二国間で実質金利が均衡し、その上で、両国の金利のちがいを反映した為替レートへの期待が為替市場で実現するといい。
3. 外国債券の期待リターン
結局、A国通貨で見たB国債券への投資(ヘッジなし)とA国通貨建てのA国債券投資のリターンが等しく、B国通貨建てで見たA国債券への投資(ヘッジなし)とB国通貨建てのB国債券投資のリターンが等しくなる状況下で、両国の実質金利が均衡すると金利、為替両市場が安定する。
A国通貨対B国通貨の為替レートが両国の金利差を相殺する動きと乖離した特定の動きをすることを予想できる場合に、これを反映させた運用計画を持つことは原則論としては構わないが、現実的には通貨に対して確たる予想を持つことは難しい。通貨に対して特定の予想がないなら、為替レートは両国の金利差を反映した動きになると想定することが合理的だ。
特に長期的な運用を考える場合、A国通貨建ての投資の場合、A国債券もB国債券も同じ期待リターンとなり、B国通貨建てでも同様にA国債券、B国債券両方の期待リターンが同じになる状況を偏りのない期待リターンとして想定すべきだろう。
特に為替取引の経験があると、為替ポジション・スクエア時のリターンを基本的な期待リターンと考えることが「当然」だと思いやすいので、上記のような考え方を納得しやすいと思う。率直に言って筆者は、半ば常識であり当たり前だと感じる。
しかし、たとえば、運用計画を策定する際に、A国通貨からB国債券にヘッジなしで投資する場合の期待リターンを、A国債券への投資の期待リターンよりも高く設定する専門家がいることがある(注;この場合、B国通貨からA国債券に投資するとB国債券に投資するよりも損になってしまう)。こうした人に、その根拠をきくと、過去数十年のデータを参考にしていると言う。確かに、過去数十年は日本円から外国債券への投資が円債投資よりもやや高利回りだったかも知れない。
あるいは、過去二十年とか三十年といった単位に一定の資産配分を当てはめて、過去の推移で特定の資産配分を正当化しようとするデータを持ち出す専門家もいる(これを「シミュレーション」と称するのは、学者や機関投資家には通用しないインチキだが)。こちらも、過去数十年のデータで期待リターンを決めるのと似た効果になる。
しかし、たとえば、将来20年、30年といった単位での運用を考える場合に、過去数十年程度のデータの平均値等で、過去の延長線上に期待リターンを考えることには無理がある。たとえば、戦後60年のデータを取ったとしても、独立した「20年」のデータは3つしかない。1年単位でデータを取る期間をずらしても、隣り合うデータは20年のうち19年が共通だから、独立ではない。
特定の相場観を前提としないで期待リターンを考えるとするなら(注;過去数十年の延長で期待リターンを考えることはかなり偏りのある一つの相場観だ)、繰り返しになるが、A国通貨建ての投資の場合、A国債券もB国債券も同じ期待リターンとなり、B国通貨建てでも同様にA国債券、B国債券両方の期待リターンが同じになる状況を偏りのない期待リターンとして想定すべきだろう。