32年ぶりの円安水準に

 先週のドル/円は146円を抜けるとじりじりと円安が進みました。13日に発表した米国の9月CPI(消費者物価指数)が+8.2%と予想を上回り、前年比のコア指数は+6.6%と約40年ぶりの伸びを記録したことを受けて、ドル高・米株安・米金利上昇で反応し、ドル/円は147円台半ばに上昇しました。

 そして注目されていた1998年高値の147.64円近辺を瞬間的に上抜けましたが、利食いや介入警戒感からの売りによって146円台半ばまで急落するなどの荒い値動きとなりました。

 その後は147円を挟んで売買交錯する動きとなりましたが、翌14日の先週金曜日、米国のミシガン大学が発表した10月分の消費者信頼感指数や期待インフレ率が予想を上回ると買いは加速し、一時148.86円近辺まで上昇し、32年ぶりの高値圏で越週となりました。

 先週の円安の背景は、予想を上回った米CPIとミシガン大学指数の期待インフレ率によって日米金融政策の違いという構造要因がより鮮明になったことだけでなく、日米政府の方針の違いが垣間見られたこともドル高を後押ししたようです。

 15日、ジョー・バイデン米大統領はオレゴン州で「ドルの強さについて懸念していない」とドル高を容認する姿勢を示しました。

 また、11日、ジャネット・イエレン米財務長官も、「ドルの強さはさまざまな政策の論理的な結果であり、ドルの価値は市場によって決まるべきだ。市場で決定されるドルの価値は米国の利益に合致する。ドルの水準は適切な政策を反映している」と述べ、ドル高を是正する意思がないことを示唆しました。

 14日も「市場で決まる為替レートがドルにとって最良だ」とドル高を問題視しない考えを述べています。両者とも同じようなタイミングでドル高容認の姿勢を示す形となりました。

 一方で、日本サイドからは149円安目前の動きに対して、14日、神田真人財務官は、記者団に対して「過度の変動が繰り返されるときには断固たる対応を取る用意ができている」と円安けん制を強めているものの、岸田文雄首相からは「円安メリットを生かす1万社を支援していく」と円安を黙認するような発言がみられました。

根強い円安トレンドは続く

 このように金融政策の方向性の違いだけでなく、首脳の方針の違いがみえてくると、介入警戒感はあるものの、マーケットの根強い円売り志向は続きそうです。今週に入って、バイデン大統領のドル高容認発言が効いたのか、ドル/円は32年ぶりに149円台前半まで円安が進みました。

 18日の夕方、ドル/円は突然、149円台前半から148円台前半まで急落しました。介入かと思われましたが、確認する術もない中、直ぐに149円台に戻りました。

 このような相場地合いでは、介入で一時的に円高となってもドルの買い場提供相場に今後もならざるを得ないかもしれません。

 マーケットのポジションも介入警戒感からなかなかドル買いポジションがたまらず、利食いが早くなる一方で介入期待のドル売りポジションが増えるというパターンが続くため、根強い円売りで踏み上げられ、円安トレンドを変えられない流れが続きそうです。

バイデン大統領のドル高容認の真相は?

 また、バイデン大統領はドル高について「問題は他国の経済成長や健全な政策が欠如していること」との発言もしています。英国の新政権の経済政策のドタバタ劇が念頭にあって述べたのかもしれませんが、米国は根本的に通貨政策は自国の問題ではないと捉えていることを彷彿(ほうふつ)させる発言でした。

 米国の通貨政策について有名な話があります。リチャード・ニクソン政権時代のジョン・コナリー米財務長官が、欧州諸国がドルとの為替相場変動について不満を述べたときに、「ドルは我々の通貨だが、それ(為替変動)はあなたたちの問題だ(The dollar is our currency, but it’s your problem)」と突き放した発言をしたという話を思い出しました。

「your problem」という語句はかなり傲慢(ごうまん)な表現です。ドルを基軸通貨とする米国という国は、通貨政策について他人事と考えているのだなと心に刻まれました。

 しかし、米国はその10数年後に先進諸国(G4 日、西独、英、仏)に対してドルの切り下げを協調して行うよう呼び掛け、いわゆる「プラザ合意」(1985年9月)を取り決めました。

 マーケットでは現在の急速に進むドル高に対し、1985年のプラザ合意のように国際社会が協調してドル高是正に動くのではないかという観測がありましたが、バイデン大統領の発言はこの見方を否定し、また13日に閉幕した** G20財務相・中央銀行総裁会議ではドル高について議論にはなりましたが、対ロシアの問題もあり、共同声明は出ませんでした。  

**G20…G7の7カ国にアルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、メキシコ、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、欧州連合・欧州中央銀行を加えた20カ国・地域

 バイデン大統領はドル高を容認しましたが、米国の大統領が輸出競争力を弱めるドル高を公然と認めるのは珍しいことです。多くの国は輸出競争力が落ちないように自国通貨安を好みます。

 ドナルド・トランプ前米大統領は巨額の貿易赤字を減らすために、輸出競争力が落ちるドル高への懸念を示していました。トランプ氏は、「ドルは強すぎる」と繰り返し発言し、任期中ずっとドル高をけん制していました。

 バイデン大統領がドル高容認を発言したときのニュース映像を見ていると、アイスクリームを食べながらリラックスした様子で記者団に答えた発言でした。

「米国の経済はものすごく強い」と発言し、その後「ドルの強さについて懸念していない」と発言していることから、11月の中間選挙前に国内の物価高を優先する構えを鮮明に示したリップサービスの域を出ていないのではないかと思わせるニュース映像でした。

 G20財務相・中央銀行総裁会議では新興国を中心にドル高への不満が充満していた中で、その状況も理解して発言しているのかどうか疑問が残ります。

 もし、リップサービスだとしたら、米中間選挙が終わり、年末に向けて物価上昇が一服して景気後退がより鮮明になってくると、景気回復のためにドル安を志向する可能性もあるかもしれません。今回の米大統領のドル高容認発言は日本の介入を黙認していることからもそれほど重くないのかもしれません。