パウエル議長の講演が株式市場を直撃

 8月26日のジャクソンホールでジェローム・パウエル議長は30分予定の講演を8分40秒と短くまとめ、余計なことは一切言わず、インフレ退治のためには手綱を緩めないと強い姿勢を強調しました。

 景気悪化という痛みを伴っても物価安定のみに集中するとの姿勢が、楽観的だった株式市場を直撃し、NYダウ(ダウ工業株30種平均)は1,000ドル超の下落となりました。

 楽観的だったのは、7月のFOMC(米連邦公開市場委員会)後の記者会見でパウエル議長が「金融引き締めが進むにつれ、利上げペースを緩めることが適切となる可能性が高い」と述べたことから、ジャクソンホールでの講演では利上げペースを緩める理由を改めて説明するのではないかとの期待が高まったことが背景にあります。

 ダウ工業株30種平均は1,000ドル超の下落となりましたが、7月中旬から8月中旬の3,000ドル超の上げ幅の帳消しとはなっていません。

 パウエル議長の「9月会合の利上げ幅はデータ次第」という変わらぬコメントにまだ期待が残っているのかもしれません。

 また、講演の直前に米商務省が発表した7月のPCE(個人消費支出)の食品・エネルギーを除いたコア指数の前月比が+0.1%と予想(0.3%)も前月(0.6%)も下回ったことから、インフレピークアウトへの期待も高まったようです。

 また、講演開始と同時に発表された8月のミシガン大学消費者信頼感指数確報値の1年先の期待インフレ率が4.8%と、ガソリン価格の低下を反映し、前月の5.2%から低下したこともインフレピークアウト感を高め、1,000ドル超の下落にとどめたのかもしれません。

 4.8%は8カ月ぶりの低水準となったことから、9月の0.75%の利上げは織り込まれたかもしれませんが、その先については利上げペースが緩まる可能性への期待をもたせた可能性があります。

 ドル/円は講演に素直に反応し、1ドル=136円台から上昇し137円台半ばでその週を終えました。週明け138円のストップを付けて139円近辺まで上昇しましたが、高値更新は9月2日の米雇用統計待ちになるかもしれません。

 しかし、講演後の米10年債利回りをみると、3.1%台で終えており、直近ピークの3.5%には届いていないことから、9月のFOMCまでの間に景気悪化やインフレ鈍化が伴えば、ドル/円の高値更新や140円超えは時間がかかる可能性があります。

 それよりもドル高に対するマーケットの関心はユーロに移りそうです。エネルギー価格の高騰が続き、過去500年で最悪の状況といわれている干ばつの影響が大きくなってきている欧州の景気が急減速する可能性があるからです。

 9月8日のECB(欧州中央銀行)理事会での利上げによってユーロが上昇すれば、絶好の売り場提供と考える市場参加者が増えるかもしれません。

FOMCの金利見通しに注目

 9月20~21日のFOMCではジャクソンホールでの講演を受けて0.75%の利上げはかなり織り込まれたことから、0.75%となっても反応は鈍くなることが予想されますが、ドットチャートと呼ばれる政策金利であるFF金利の見通しにはより注目が集まるので注意が必要です。

 この見通しによってFRB(米連邦準備制度理事会)はどのようなペースで利上げを行いたいのかを予想することができます。

 6月の金利見通しでは、2022年末の予想中央値が3.375%、2023年末の予想中央値が3.75%となっています。

 これらの金利見通しが4%近く、あるいは4%超への上方修正になった場合、一段のドル高になる可能性が予想されるため注意する必要があります。

 現在の政策金利であるFF金利の上限は2.50%です。9月に0.75%の利上げとなれば、3.25%となります。

 9月以降のFOMCは11月と12月の2回あるため、各会合で0.5%と0.5%の利上げだと2022年末は4.25%、0.5%と0.25%だと4.0%、0.25%と0.25%だと3.75%となります。

 つまり、2022年末の利上げ見通しによって、FOMCのメンバーがどのような利上げペースを考えているかということがわかります。

 11月か12月に1回でも0.75%が加われば、もっと年末の利上げ見通しが上がるということになります。

 そして2023年の見通しがさらに上がっていれば、市場が期待する利上げペースの鈍化はないかもしれません。市場の期待を打ち消すのかどうか注目です。

パウエル・ピボットに注意

 パウエル議長は1年前のジャクソンホールで「インフレは一時的」との誤認の失敗を繰り返さないように今回は強い決意表明をしました。

 来年の利下げを期待した市場に対して、「歴史は時期尚早な金融緩和を強く戒めている」とけん制し、高インフレの抑制について「やり遂げるまでやり続けなければならない」と利上げ継続について不退転の決意を表明しましたが、(過度の利上げによって経済を停滞させる)オーバーキルという誤認を再びしなければよいのですが。

 ハト派とタカ派を行ったり来たりするパウエル議長の金融姿勢に市場は翻弄(ほんろう)されています。この金融姿勢をパウエル・ピボット(転換)と市場は呼んでいます。

 タカ派に傾きすぎた姿勢を後悔し、再びハト派にピボットするかもしれないと注意しておくことは必要かもしれません。