利上げへの警戒感は残るような動き

 10日に発表された米国7月CPI(消費者物価指数)は、6月の9.1%より低下し前年比8.5%と、予想の8.7%も下回りました。

 また、前月比も0.0%と6月1.3%より大きく鈍化しました。コアCPIも予想を下回り、前年比は5.9%で6月と同じでしたが、前月比では0.3%と、6月の0.7%から大きく鈍化しました。ガソリン価格が約20%下落したことが背景ですが、急落が食品や住居費の上昇を相殺したようです。

 前月より低下の予想は織り込まれていましたが、予想を下回ったことから、長期金利は低下し、株は上昇、ドルは売られました。ドル/円は135円手前から一時132円台前半まで売られました。米雇用統計後、133円台から一気に135円台まで上昇しましたが、その値幅がCPIの発表で帳消しになったような動きです。

 ただ、今のところ130円まで一気にドル売りとなるような動きではないと考えられます。予想を下回り、前月より低下したとはいえ、まだ5カ月連続で8%超の高水準であるため、FRB(米連邦準備制度理事会)の次回の利上げ幅については0.75%利上げ期待が後退しましたが、消えた訳ではないようです。FRBの高官たちもCPI発表後、相次いでタカ派発言を述べています。

 株式市場は0.75%利上げが後退したと楽観的に捉えて株高に反応していますが、債券市場では米長期金利が低下した後、下げ幅を縮小しており、タカ派発言もあり0.75%利上げへの警戒感は残っているような動きとなっています。

 ドル/円については135円以上の定着はお預けとなりましたが、当面は130~135円で9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)までの指標をこなしながら待つことになりそうです。

22年ぶりの「台湾問題」白書

 CPIが発表された同じ10日、中国政府は台湾問題に関する基本的立場をまとめた白書を発表しました。白書は2000年以来22年ぶりで、習近平(シー・ジンピン)政権では初めての白書です。

 習政権はナンシー・ペロシ下院議長による訪台を念頭に、台湾周辺での軍事演習による軍事的威嚇の強化に加え、白書も発表し、米台連携をけん制する効果が高いタイミングを狙って発表したとみられています。

 白書は、「台湾独立勢力や外部勢力が挑発し、レッドラインを越えれば断固たる措置を取らざるを得ない」としています。中国情勢の専門家の中には、今回のペロシ下院議長の訪台はレッドラインギリギリの行動を続けていたことから、「戦争の一歩手前であり最大級の危機であった」と分析する専門家もいるようです。

 白書では、平和統一に最大の努力を払うも、「武力行使は放棄しない」と明記しています。また、統一後の台湾の扱いについては、過去の白書にあった統一後の中国軍の台湾駐留を否定する記述は今回なくなっており、中国の強い統制下に置かれることになることを示唆しています。

 過去2回の白書(江沢民(ジャン・ザーミン)時代の1993年と2000年)に比べると、今回の白書は習政権が軍事力を背景に、台湾に統一受け入れを強く迫る内容となっています。

 習国家主席は「台湾問題の解決と祖国の完全統一実現は党の歴史的任務」と述べており、習国家主席が3期目政権発足を狙う第20回共産党大会を秋に控え、統一への自信を示して国内での求心力をさらに高める狙いもありそうです。

 英高級紙デーリー・テレグラフ(電子版)は、英外交筋の話として、ロシアがウクライナに侵攻した際、西側指導者が適切に対応するのに少なくとも2日間かかったことから、中国共産党が武力で台湾を統一する決断をした場合、西側に対応する時間を与えないよう電光石火の「48時間攻勢」を完遂することを目指していると報じています。

 ウラジーミル・プーチン大統領は、侵攻開始から48時間以内に首都キーウ(キエフ)を制圧してウォロディミル・ゼレンスキー大統領の政権を打倒しかいらい政権を樹立することができませんでした。

 英外交筋によると、これを目の当たりにした習国家主席は、ウクライナに西側から武器や資金の供与を受ける時間を与えてしまったため、プーチン大統領の計画は頓挫したと考えているとのことです。

 ロシアのウクライナ侵攻に対する*G7の結束した制裁行動を見て、習政権は台湾侵攻について慎重になるのではないかとの見方がありましたが、そうではなくG7が行動する前に短期決戦で決着をつけるというシナリオです。

 中国政府は、ペロシ下院議長の台湾訪問に対して、軍事演習を8月4~7日の間断行し、さらに8、9日も演習を延長しました。今回の軍事演習は単なる威嚇ではなく、短期決戦の予行演習の意味合いがあったかもしれません。

*G7…カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の7カ国

 ペロシ下院議長はレッドラインを越えなかったものの、この訪台をきっかけに台湾情勢の緊張が高まったことは間違いありません。ペロシ氏の台湾訪問が報道された8月2日の東京時間にはアジア株が売られ、ドル/円も2円ほど円高に動きました。台湾海峡の波はいったんは治まっていますが、台湾情勢の地政学リスクには引き続き要警戒です。