現在の金融市場の混乱は5月22日のバーナンキ議会証言から始まった。バーナンキFRB議長は議会証言の質疑応答で「経済指標の改善が続くなら<今後数カ月の会合>で規模縮小に着手する可能性がある」と述べた。

FRBがQEの出口戦略について、最後に計画を示したのは2011年6月である。多くの投資家が「失業率が6.5%、インフレ率が2.0%程度」というFRBのターゲットからみても、本格的に出口に向かうのは早くて2014年以降だろうとみていた。

しかし、FRBは2013年3月あたりから出口計画の見直しに取り組み、5月のWSJでQE3縮小の観測気球を上げた。「雇用市場の状況は改善したが全体的に弱いままである」と述べているバーナンキFRB議長がなぜ出口を急ぐのか、市場は疑問と時期尚早の違和感を持ったままだ。

米国債市場で「9月17日・18日開催のFOMCで資産買い入れプログラムの減額が始まり、来年3月末までに終了する」という観測が増えているように、「FRBは景気の回復を待たずQE3縮小に着手するだろう」という意見が多い。

米国が急に出口の見直しを始めた原因は「日銀の異次元緩和」にある。米国の「出口の受け皿」となる日銀の異次元緩和がなかったら、FRBは出口戦略を急がなかったに違いない。現在の市場の混乱は、スタンスがまだ明確でないFRBの出口戦略にあるが、その遠因となっているのは日銀の異次元緩和である。

米国のQE3早期縮小観測で混乱したのはファンド勢である。5月22日のバーナンキ・ショック以降、米長期金利は跳ね上がり、米国のリート指数は5月22日から急落している。また、6月1週には米ジャンク債市場から46億ドルの資金が流出し、1週間の統計としては史上最大の流出額(ブルームバーグ)となった。

最も大きな被害を受けたのは<海外勢主導>の日本株で、「投機筋はとりあえず“外の”ポジションから手仕舞う」というセオリーに従って日本株が大きく売られた。議会証言とファンドの5月決算が重なったため、下げは予想以上に大きくなった。

米国のREIT(不動産投資信託)指数(日足) 5月22日から急落

MBS(住宅担保証券)も同様の動き


(出所:石原順)

日経平均(月足) 昨年安値からの上げ幅の半値押し水準に接近中


(出所:石原順)

日経平均に比べてNYダウやSP500の下げが比較的軽微なのは、NY連銀と金融機関との間で「POMO(Permanent Open Market Operations)」による株価吊り上げ(PKO)が続いているからである。今週11日火曜日のNYダウは、序盤の150ドル安からPOMOで一時プラス圏に浮上したが、結局116ドル安で引けている。火曜日の米国株高神話が2週連続フェイルしたことから、潮目が変わったとの観測が強化されている。

NYダウ(日足) 2週連続火曜日安

今週火曜日のPOMO<FRBはNY連銀を通じて14.46億ドルの国債(2036年2月から2043年2月償還)を購入>でもNY株は上がらず…


(出所:石原順)

QE3縮小観測により米国債の金利が上がったことで、5月以降一斉にドルキャリートレードの巻き戻し(手仕舞い)が進んでいる。混乱しているのは流動性のない新興国の市場である。仮に米国がQE3を終了すれば、米国発の投機マネーで廻っている新興国の一部はかなりのダメージを受けるだろう。新興国から投機マネーが抜けるときはいつも一斉であり、新興国は外的ショックに弱い。

米10年国債金利(日足) 株が下げても金利は高止まり


(出所:石原順)

日本株の下げばかりが話題となっているが、日本より新興国の置かれている環境の方が厳しい。世界経済は景気回復ではなく、QE3(過剰流動性)による買い支えで維持されているからだ。グローバル運用をしているファンドマネージャーは「新興国の株式や債券のポジションで大きく損をしている」と語っている。

ブラジルボベスパ指数(左)とメキシコボルサ指数(右)の日足


(出所:石原順)

インドセンセックス指数(左)と上海株(右)の日足(上海株は6月7日までのデータ)


(出所:石原順)

通貨市場も新興国通貨の下落が加速している。利下げ観測・中国景気の悪化・コモディティ安を理由に豪ドルの下げがきつくなっている。ブラジルレアルや南アランドなど資源通貨も5月以降一斉に下げ始めた。ドルキャリートレードの巻き戻しだ。

ブラジルレアル(左)と南アランド(右)の対ドル相場


(出所:石原順)

豪ドル(左)とニュージランド(右)の対ドル相場


(出所:石原順)

先週から「日本株の急落でグローバルマクロファンドが苦しんでいる」という噂が飛んでいるが、日本株の下げは円相場に連鎖する。日経新聞によると、「海外勢の日本株に付随する円売りは10兆円規模(大手金融機関の試算)」らしい。6月中旬は先物ロールオーバーの季節だが、日本株の方で手仕舞いが出ると、円売りポジションが巻き戻され円高圧力が強まる。現在のドル/円は株の動き次第だ。

ここまでのドル/円の乱高下相場は、先週のレポート「ドル/円100円突破後のパターン分析」に書いた1995年の乱高下パターンと似ている。70円台から100円超まで上がった相場の調整の初期は乱高下しやすいということだろう。まだしばらく落ち着かない展開が続きそうだ。

100円突破後のドル/円相場(日足) 1995年のパターン


(出所:石原順)

100円突破後のドル/円相場(日足) 2013年相場も乱高下


(出所:石原順)

本日、米国の通貨ファンドに相場見通しを聞いたら、「ドル/円は95円を大きく割り込んでしまったので、38.2%押しへの下落リスクを抱えている。大きな防御線は半値押しの90円から200日移動平均線の89円レベルであろう」とのことであった。しかし、現在の空中戦相場でこのような予測はあまり意味がないだろう。ファンダメンタルズもテクニカルも関係のない損切り主導の<需給相場>だからだ。とりあえず、株が落ち着くのを待つしかない。

ドル/円(日足)とフィボナッチのリトレースメント

100日移動平均線(赤)・200日移動平均線(青)


(出所:石原順)

QEや異次元緩和の地合であっても、上がり続ける相場はない。株が急落した途端、高速取引やアルゴリズム取引が悪玉となっているが、上げるときも同じ手法で上げているのである。そういった批判は的外れであろう。

時代や取引環境が変わっても、相場は毎年同じようなパターンの繰り返しとなっている。相場は循環であり、株やクロス円などのリスク商品は「10月末買いの4月末売り」の半年運用が基本である。昨年から今年の動きも(今のところは)そういう循環になっている。

相場の利益をコントロールすることは出来ない。相場で儲かるかどうかは運と確率の問題である。一方、損のコントロールはストップロス注文を置いておけば可能である。乱高下相場が続いているが、この相場から身を守る方法はストップロス注文を置くか、レバレッジを掛けないかのいずれかだ。資産管理を徹底したい。

世界的な悪循環相場が続いているが、転機は6月19日のFOMCとバーナンキ会見を待つより仕方がない状況にある。市場では「9月QE3縮小」とか「12月に先送り」とか様々な観測が出ているが、FOMCがQE3縮小の新しい青写真を提示しないと、投機筋もストラテジーを組みにくい。運用者は一様に「相場が落ち着くかどうかはバーナンキの言い回し次第」とみているようだ。