円安が再び加速した背景はCPIにあり
再び円安が加速しました。年初来高値の131円30銭台をブレイクすると円安のスピードが増し、週明け東京市場では135円台に上昇し、1998年10月以来、24年ぶりの円安水準を付けました。
背景は、FRB(米連邦準備制度理事会)のタカ派姿勢が和らぐとの見方が後退し、やはりタカ派姿勢が強まるとの見方が広がっていたところに、先週10日発表の米5月CPI(消費者物価指数)が追い打ちをかけました。CPIは前月も予想を上回り(ともに8.3%)、約40年ぶりの水準となる8.6%の上昇率となりました。
このCPIを受けて「インフレはピークを過ぎた」との楽観論が後退し、米長期金利上昇とともにドル/円を押し上げました。そしてNYダウ(ダウ工業株30種平均)も急落し、その日は880ドル安となりました。前日もCPIを警戒して638ドル安で終えており、2日間の下落幅は1,500ドルを超えました。株の下落は止まらず、週明け13日にNYダウは一時1,000ドルを超える急落となりました。
CPIを詳細にみると、株式市場に動揺を与えたのはエネルギーと食品を除くコア指数の再加速です。前月比0.6%上昇となっていますが、小数点以下2位まで取ると0.63%上昇と4月(0.57%)を上回りました。中古車価格が4カ月ぶりに上昇に転じ(前月比+1.8%)、コア指数の4割強を占める住宅関連の上昇率(前月比+0.6%)も高まりました。
先月は中古車価格のマイナスが続いたことや家賃の伸びも鈍化していたことからインフレはピークが過ぎたとの見方が広がったのですが、5月の数字でその楽観論は一蹴されました。
家計に即影響するガソリン価格も4月は前月比でマイナスでしたが、5月は過去最高の上昇となりました(前月比+4.1%)。5月は1ガロン=平均4.37ドル、10日には4.99ドルと5ドルに迫っており、6月のCPIも高止まりが予想されます。
そして過去最高のガソリン価格は消費者心理を冷やしました。CPIの1時間半後に発表されたミシガン大学の消費者信頼感指数が相場に追い打ちをかけました。前月比14%下落の50.2と、データがさかのぼれる1952年以降で最低を更新しました。
ガソリン価格の急騰が主な背景とのことです。統計上はオイルショック(1973年)、同時多発テロ(2001年)、リーマン・ショック(2008年)、コロナ禍(2020年)のいずれの時期よりも消費者心理が悪化したことになります。株式市場にはさらなる悪材料となりました。
FOMCの利上げ幅と金利見通しに注目
今週14~15日のFOMC(米連邦公開市場委員会)では利上げ幅と金利見通しが注目されています。ジェローム・パウエル議長は5月のFOMC後の記者会見で「0.75%利上げは積極的に検討していない」と発言しましたが、今週に入って、米紙WSJのFedウオッチャーによる0.75%利上げの観測記事をきっかけに、0.75%の利上げ観測が急浮上しています。
また、6月、7月の0.50%利上げに加え、9月も0.50%利上げとの見方も高まってきています。ただし、ドル/円が再び135円台半ばへのドル高に動いたように0.75%の利上げはかなり織り込まれてきていますので、実際に0.75%利上げとなった後の動きには要注意です。乱高下する可能性があるかもしれません。
3月のFOMCでの2022年末の政策金利見通し(中央値)は1.875%でした。3月に0.25%、5月に0.50%の利上げが決定されましたが、6月、7月、9月も0.50%の利上げ、11月、12月が各0.25%の利上げだとすると、年初のゼロ金利(中央値0.125%)から2022年末には2.875%(中央値)となり、3月時点の見通しよりも1%上回った水準となります。
この1%上回った利上げ期待がドル/円を135円台に押し上げた要因の一つと思われますが、今回のFOMCで2022年末の金利見通しが2.875%よりも上回っていると、0.75%の利上げや、11月、12月も0.50%の利上げ期待が高まり、ドル/円をもう一段押し上げることも予想されます。3月時点の金利見通しよりどの程度上振れるのか注目です。
インフレ抑制のための利上げ加速は景気後退を警戒させ、5月や6月にみられたように株式市場を揺さぶります。FRBは景気後退よりもインフレ抑制を選択しましたが、FRBが利上げを加速すればするほど資産市場を揺るがし、さらに景気後退懸念を強めることになります。
財政支援効果も減退し、余剰貯蓄も減ってきて消費者心理が冷え切っている中で、果たしてFRBはどこまでタカ派姿勢で突き進むことができるのか注目です。
また、円安の原動力の一つが円キャリー取引(低金利の円を借り入れ、円を売って高金利通貨に投資する取引)といわれていますが、株などの資産価値が下落している中で、これまでのように安心して円キャリー取引が継続できるのかどうかも注目です。
資産価値が大きく下がると、円キャリー取引の巻き戻し(高金利通貨を売って円を買い戻して返済)を警戒する必要が出てくるかもしれません。ここからは、インフレ抑制の利上げと現実的なその悪影響や警戒感との綱引き相場になることが予想されます。今回の利上げまでは持ちこたえても、7月以降の利上げ局面では一層警戒する必要が高まってくる可能性があります。
円安憂慮しても介入は困難
先週10日の午後、円安進行の中で財務省と金融庁、日本銀行が国際金融資本市場に関する情報交換会合「三者会合」を開催し、「急速な円安進行が見られ憂慮している。必要な場合には、各国通貨当局と緊密な意思疎通を図りつつ適切な対応を取る」との声明文を発表しました。
三者会合で声明文を公表するのは初めてでしたが、英訳もなかったこともあり円高の反応は限定的でした。
その数時間後、米国財務省は、半年に一度の「外国為替報告書」を公表しました。報告書では、日本の為替政策は「透明性が高い」と一定評価しつつも、最近の急速な円安を巡って「為替介入は事前に適切な協議をした上で、極めて例外的な状況のみに認められる」と表明しています。
つまり、日本の財務省が円安進行を阻止するために「適切な対応」としてドル売り・円買いの為替介入に踏み切ろうとしても、米国財務省が「極めて例外的な状況」だと認めてくれない限り、介入への理解は得られないということになります。
インフレ抑制を最優先とする米政府が、インフレを加速させるドル安を誘発するドル売り介入を認めるとは思えません。やはり、介入よりも日銀の金融政策正常化に踏み切ることが優先事項と思われます。
13日、黒田東彦総裁は参院決算委員会で、急速に進む円安について「経済にマイナスで望ましくない」と、従来の円安容認ではなく円安懸念を述べました。10日の「三者会合」の意を受けた変化なのか、16~17日の日銀の金融政策決定会合とその後の黒田総裁の記者会見が注目されます。