消費税が引き上げられようとしています。消費税の引き上げはいずれ必要でしょう。しかしその前にやるべき事がある、というのは正にその通りですし、そもそも今回の消費税引き上げに至る経緯は何とも欺瞞に満ちたものだったと言わざるを得ません。

私の知る限り、消費税引き上げの議論が本格化したきっかけは東日本大震災だったと思います(復興増税は人災(2011年4月18日))。震災から1年経ち、今年から復興需要の影響(と言っても反動の範囲)が数字にも表れてきていますが、それを捉えて税を徴収しようという発想には呆れました。先日講演で「日本の名目GDP(国内総生産)は19年前も今も全く同じで475兆円」というお話をしました。日本ではGDPが成長しそうになると必ず、それを押さえつけようとする力が湧き出てくるのは不思議です。

そしてその後、消費税引き上げの議論を大きく後押ししたのは「日本がギリシャ化する」でしょう。私は東日本大震災直後に消費税引き上げの話が持ち上がった時同様、「日本がギリシャ化する」の論調には驚きました。というのは、私はギリシャの問題をその発端からフォローしてきたつもりですが、今回ギリシャが債務不履行に至るまでの経緯においては、対GDPの政府債務残高が大きい事以外、日本との共通点は殆ど見出す事ができないからです。

第一に、あれだけ財政状況が悪いギリシャがどうしてユーロに加盟できたのか? そもそもギリシャはユーロへの加盟条件を満たすために粉飾「決算」していたのです。アメリカの投資銀行を使って通貨スワップを組み、手前で資金が入ってくるのを税収として計上、あたかも財政状況が良好であるように見せかけていたのです。返済期限が来て化けの皮が剥がれ、問題が一気に顕在化したというのがギリシャ危機のきっかけです。もちろん日本で同様の可能性が無いとは言えませんが、少なくとも「日本がギリシャ化する」というのは、この点では「粉飾が明らかになる」を指し、それは本質とは異なります。

第二に、どういう順番に債務危機が訪れているのか? 対GDPの政府債務が大きい順ではありません。これは国債の外国人保有比率の順番です。真っ先に危機が訪れたポルトガルやアイルランドは80%前後、ギリシャは73%です(危機到来時点の数字)。先進国で次に比較的大きいのはアメリカで47%。当コラムでも度々その可能性を指摘してきましたが、案の定、去年8月にアメリカ国債格下げショックが世界を走りました。その次がスペインで44%です。何故今、スペインに危機が波及しているか。ギリシャ危機を当初から見ていれば明らかなのです。そして国債の外国人保有比率が8%に過ぎない日本が「ギリシャ化する」という論調が、如何に本質と外れたものか、お分かりいただけると思います。

第三に、通貨発行権の有無です。「政府が財やサービスを得る手段は国債しかない」と考えるのは誤りです。通貨は国債と並んで、政府が財やサービスを得る重要な手段なのです。実際、アメリカは金融危機以降、政府が財政出動する一方、連銀が国債を購入する事によって、財やサービスを得る重要な手段としての通貨を大いに利用しています。これが通貨発行権を保有する政府の大きなメリットであり、重要な無形資産なのです。もちろん日本政府も通貨発行権を有していますし、円高が進行しているという事は、この無形資産の価値がどんどん大きくなっているという事です。そしてもし「日本がギリシャ化する」が国債の債務不履行を意味するのであれば、それは有り得ません。何故なら、日本国債は償還期限に日本円で返済する事を約束する証文であり、日本政府はその日本円を発行する権限を有しているからです。もちろん、ギリシャ政府にユーロを発行する権限は認められていません。

ではそれでも、日本がギリシャ化したら実際どうなるのか、考えてみましょう。

ギリシャがEU当局に最初に約束させられたのは公務員改革です。公務員改革、これはまさしく日本の多くの方が、「消費税引き上げの前に」と切望されている事ではないでしょうか?

次にギリシャは債務不履行を起こしました。しかし日本は債務不履行を起こす前に、日本国債の償還を日本円を印刷して投資家に渡して応じるという手段があります。もちろん、このような行為は円安を招きます。しかし円高やデフレからの脱却は、まさしく日本の多くの方が切望されている事ではないでしょうか?

ギリシャは債務不履行やその後の暴動などで、国際社会に多大な迷惑をかけ、更に信頼を失くしつつあります。しかし国債の外国人保有比率が8%の日本で、そのような対外問題は発生するでしょうか?

私がファンドマネジャーとして常に重要視しているのは、財務諸表に載っていない、無形資産を含めた真の企業価値です。究極の所、市場に反映されるのはその真の価値であるからです。財務諸表だけを見て対GDPの政府債務が大きいから「日本がギリシャ化する」というのは、如何にも欺瞞に満ちています。日本の財務を分析するのであれば、財務諸表には載っていない、通貨発行権、潜在徴税権、極めて優れた国民の資質等、様々な無形資産をも考慮に入れなければなりません。実際それらが、100bpsを下回るCDS(クレジットデフォルトスワップ)=日本はギリシャ化しない、という形で市場には反映されているからです。

(2012年7月20日記)