今月に入ってバンクオブアメリカ、シティグループ、ウェルズファーゴという大手銀行が立て続けにTARP(不良資産救済プログラム)によって注入されていた公的資金を返済する動きに出ました。

TARPはもともと、その名の通り「不良資産」を買い取るために米議会で承認された約70兆円の金融安定化資金です。2008年9月29日、一旦はこの資金拠出が米下院で否決され、ダウが一日で777ドルの急落となったのはまだ皆さんの記憶にも新しいのではないでしょうか。その後法案に修正が加えられた際、どさくさに紛れて「その他財務長官が必要と判断した使途」という条項が加えられ、実質的に金融機関への資本注入が可能になったという経緯があります。そして2008年10月、猛スピードで悪化する金融システムを安定化させるため、嫌がる大手金融機関に無理やりTARPによる公的資金注入が実施されました。しかし大手金融機関が嫌がる事ができたのも束の間、11月にはシティグループが、12月にはバンクオブアメリカが再度の公的資金注入によって救済されるに至ったのでした。

金融機関が公的資金を嫌がる理由はいくつか挙げられます。第一に、経営陣が報酬の制限を受ける事、第二に、今となっては公的資金の見返りに発行した優先株にかかる5%の配当負担が重い事、第三に、常に国有化懸念が付きまとう事によって株価が低迷するなどの問題があります。他の銀行が公的資金を返済しているのに、自行だけ返済しないと、市場から信用不安など不要な嫌疑をかけられます。この結果、一行が返済すると他の銀行も無理にでも返済しようとする動きに繋がる-これが今月大手3行が公的資金返済に走った背景でしょう。また財務省としても、もともと民間には長期間介入したくないという意図がありますし、今年3月にはTARPが枯渇するかもしれない、という状況に置かれていた訳ですから、基本的に公的資金返済を拒む理由はありません。

しかし公的資金返済に伴う問題もあります。第一に、去年の公的資金注入に伴って、シティグループとバンクオブアメリカは、資産の価値が下落したら、その損失の一部を政府に負担してもらうという、損失保証を受けていました。今回公的資金を返済する事によってこの損失保証はなくなります。第二に、返済資金ねん出のための増資に伴う株式の希薄化です。実際、シティグループがアメリカ史上最大の増資となったのを筆頭に、各行とも予想を上回る1-2兆円規模の巨額増資を余儀なくされました。この結果、主要株価指数が年初来高値を更新する一方、金融株は軒並み低迷、市場は消化不良を起こしています。

一方貸し出しに与える影響はどうでしょうか? ガイトナー米財務長官は、銀行は公的資金を返済した方がより積極的に貸出ができる、と発言しています。しかし私は一旦返してしまった以上、むしろ再び公的資金のお世話になる方が困難でしょうから、公的資金返済後の方が貸出に慎重になるのではないかと思います。貸出債権が焦げ付いても、再び容易に増資できるような状況であれば問題ありませんが、今回の大型増資で市場が消化不良となり、株価が下落している状況ではなおさらの事だと思います。

さらにこのような巨額増資の目的は、自己資本比率引き上げではなく、もっぱら政府資本を民間資本に代える事なのです。ストレステスト結果の受け止め方(2009年5月8日)で書かせいただいた通り、私は2007年に始まった資産価格下落局面、銀行は有形普通株自己資本4%で乗り切れるのか、大きな疑問を持っています。景気の回復によって現在、資産価格の下落は一旦止まっているように見えます。しかし来年初から様々な金融保証が切れ、景気対策の効果が薄れていく中、2010年は銀行にとって資産価格下落との勝負の年になると見ています。

皆様、良い年をお迎え下さい。

(2009年12月24日記)