昨日、待ちに待ったストレステストの結果が発表されました。ストレステストの行方を巡って市場が揺れに揺れたこの3ヶ月間でした。ストレステストの実施が明らかになったのが2月初、そもそもガイトナー米財務長官が「銀行救済策」を発表するはずだった記者会見で発表し、寧ろ金融危機に対する市場の懸念を増幅する結果となりました。その後AIG、シティグループが次々と実質国有化、ストレステストの結果によっては更なる国有化に繋がるとの懸念から3月初に米国株式は安値を付けるに至ったのでした。

そもそもこのストレステストが実施された理由を思い出してみましょう。不良債権問題解決に必要な、(1)不良債権の価額を把握、(2)それに伴って発生する金融機関の資本不足を補う、(3)金融機関の新規貸出し増加、というステップのうち、(1)に過ぎません。従ってストレステストの結果をもって、アメリカの不良債権問題が解決する、と期待するのはそもそも見当違いなのです。ただ、(1)に過ぎないとはいえ、これによって昨年9月のリーマン・ショック以降市場が抱いていた余計なリスク、カウンターパーティ(取引相手)リスクが大きく後退するという成果はあったと思います。

リーマンが破綻した当日にテレビ東京の番組に出演させていただいた私は、「今後発生すると見られる大手金融機関の連鎖倒産、またそれによって金融システムが麻痺する可能性は大きなリスクだ」とコメントしました。実際直後にAIGが実質破綻、メリルリンチ、ゴールドマンサックス、モルガンスタンレーが次々と破綻のリスクに直面する異常事態となりました。そしてそのリスクはこの3月まで後退する事はありませんでした。今回ストレステストによって、初めてこのカウンターパーティ・リスクが大きく後退したのは成果だと言えます。即ち、個別金融機関ベースでは今後資本増強や資産売却など課題は多いものの、だからといってそれが金融システム全体を揺るがす事態となる可能性は当面無くなったと見て良いでしょう。市場の不安心理を表す変動率指数は本日時点で31にまで低下していますが、これはリーマンが破綻した日と同じ水準です。このようにカウンターパーティ・リスクが大きく後退した事は数字のうえでも明らかに見てとれます。

一方で、アメリカの抱える不良債権問題の解決はこれからです。そもそも今回のストレステストには2つの大きな問題があります。第一に、「ストレスのかかった」の経済状況の見通しです。例えば2009年GDP-3.3%、失業率8.9%、住宅価格-22%という「ストレスのかかった」前提に対し、実際は2009年第1四半期GDP-6.1%、4月失業率8.9%、住宅価格下落率の20%超もほぼ確実な情勢です。現在の経済状況がすでに「ストレスのかかった」前提に近くなってしまっており、経済に更なるストレスがかかった場合に負のスパイラルに陥ってしまう可能性は否定できません。

第二に、今回当局は「有形普通株自己資本比率」の4%をストレステストの基準としていた事が明らかになりました。4%というのは、殆どの金融機関がいざとなれば既存の優先株を普通株に転換すれば達成できる基準です。しかしそもそも、今後も不良債権の増加が確実視される中、4%で足りるのかという問題は残ります。またメガバンクの総資産が軒並み200兆円近くに上る中、この基準が1%上がるだけで兆円単位の資本不足が生じる事になります。別の見方をすれば、今回当局が基準を(5%ではなく)4%に設定してくれたのはラッキーだったとも言える訳です。

このように、今回のストレステストはカウンターパーティ・リスクという大きなリスクを軽減させる事に成功したものの、中長期的な不良債権問題を解決したものではない、という認識が大切だと思います。ただ市場に目を転じてみると、リーマン破綻当日と今日を比べると、変動率指数が同じである一方、リーマン破綻当日のダウ終値が11,000ドルであったのに対して今日は8,400ドル台です。全て回復するのは困難にしても、当面カウンターパーティ・リスクの後退を楽しめる余地はかなり残っているのではないかと考えています。

(2009年5月8日記)