2007年に始まったアメリカの一連の不良債権問題に関し、明確にしておかなければならない事があります。それは第一に、2008年9月「リーマン・ショック」をきっかけに始まった大手金融機関が連鎖倒産し、金融システムが麻痺してしまうような状況は今年春をもって既に遠のいた事、第二に、一方で不良債権問題は解決していないという事です。大まかに言えば、アメリカ財務・金融当局は、前者に対しては問題先送り措置を取り、後者に対しては多くの負担を国家に転嫁する措置を取りました。ですので今後不良債権問題に伴って発生する損失は、一部が金融機関、残る多くの部分が政府の負担になります。この結果、来年以降アメリカが経験するであろう危機は、リーマン・ショックとは性質が異なるものになると考えられます。
アメリカ財務・金融当局が一番初めに取った問題先送り措置はリーマン破綻3日後の空売り規制でした(米財務・金融当局が「麻薬」に手を出した理由(2008年9月22日))。もちろんリーマン・ブラザーズが破綻したのは空売りが原因ではありません。リーマンが不良債権を抱えていたのが原因であり、それに耐えられる資本を蓄えていなかったのが原因です。しかし当局は不良債権や資本不足の問題に着手する代わりに、金融機関の空売りを規制するという愚策に出てしまったのです。
時価会計ルールの緩和も問題の先送りに過ぎません。銀行がお金を貸して、金利は毎月受け取り、将来見込まれる貸倒損失は計上しなくて良いのであれば、「今は」儲かるに決まっています。保険会社が保険料だけ受け取り、将来見込まれる保険金支払に備えていないようなものですから、問題が先送りされているだけなのは明らかです。
ストレス・テストは市場心理を大幅に改善させる効果はありましたが、今回の不良債権問題が大手行750億ドルの資本増強で済むと信じている人は殆どいないと思います。 実際我々の分析では、同じ債権でも額面100に対して市場価値に近い50近くまで落としている銀行と、まだ80-90のままバランスシートに載せている銀行と様々です。そもそも個別債権の評価が30-40%違う銀行業界で、有形普通株自己資本が4%で健全と判断するストレステストを、不良債権問題の解決のきっかけとするには無理があるのです。
これら先送りされた問題は銀行に残ってしまっています。しかし、政府が大手19行は潰さないという強い意志を示しているので、リーマン・ショックのように、それによって金融システムが脅かされる状況になる可能性は低いでしょう。一方で毎週FDIC(連邦預金保険公社)が発表している中小銀行の破綻は今後も増加していく事になると思います。
リーマン・ショックに代わって今後大きな問題になると考えられるのは、現在政府が実施している様々な「保証」です。昨年10月に議会承認された70兆円のTARP(不良資産買取プログラム)資金は今年3月時点で残り5兆円と、ほぼ枯渇するに至りました(株式相場が安値を付けたのも、TARP枯渇に対する懸念が一つの要因でした)。困り果てた当局が積極的に利用し始めたのが、すぐに負担が発生しない様々な「保証」です。今年6月時点で、様々なプログラム名の下、連銀で約620兆円、FDIC関連で約170兆円、政府系住宅金融関連で約75兆円の保証が実施されています(連銀であろうと、FDICであろうと、政府系住宅金融であろうと、最終的に国民負担である事に変わりはありません)。
これらはいずれも、すぐに負担は発生しないものの、住宅市場や雇用情勢が回復しなければ同時に損失が発生し始め、しかもその負担は巨額なものに上るというリスクを内包しています。果たしてアメリカ政府の財務体質はこのようなリスクに耐えられるのでしょうか。答えはもちろんNO, WE CAN’Tです。
(2009年9月2日記)