バーナンキFRB議長は4月2日の議会証言の中で、「3月13日(大手証券会社)ベアスターンズは連銀に、『資金不足に陥り、他に調達する手段がなければ明日連邦破産法11条を申請しなければならない』と伝えてきた」事を明らかにしました。結局はJPモルガンチェース銀行に救済買収される事になりましたが、もしこの救済策が72時間という、極めて短時間の間にまとまっていなければ、3月17日以降世界の金融市場は大パニックに陥っていた事は間違いありません。そして市場は今でも「第二のベアスターンズが出現するのではないか」との不安に怯えています。しかしこのベアスターンズ危機の経緯を振り返れば、実は極めて可能性の低い偶然が重なった不運である事が明らかになってきます。

それまでは住宅ローン関連証券にとどまっていた混乱が、2月後半になって住宅ローン関連以外、即ち自動車ローン、クレジットカード、学生ローン、社債、政府系住宅金融債など、国債以外の全ての証券市場に広がりを見せました。特に国債の次に安全と言われる政府系住宅金融債の利回りが6%近くにまで跳ね上がり、利回りが3.5%の10年物国債との差が2%以上も広がる事態となりました。

3月初めになってカーライルという債券ファンドがこの政府系住宅金融債での損失に絡むマージンコール(追加証拠金差し入れ要求)を満たせなくなったとのニュースが伝わりました。このファンドと取引していた一つの証券会社がベアスターンズでした。マージンコールを満たせないという事はその証券会社にも損失が及ぶ可能性が高く、その頃からベアスターンズに対する信用不安説が市場に出回るようになったのです。その上、意図的に危機の噂を広めると共に株式を売るベア・レイドの形跡があるとして、SEC(証券取引委員会)委員長は調査に乗り出したと議会で証言しています。昨年7月のアップティック・ルール(株価上昇時にのみ空売りできる)の廃止によってベア・レイドが容易になっていたのも事実です。

しかし危機が訪れる3月13日の朝まで、ベアスターンズにとってそれは全く馬鹿げた噂に過ぎませんでした。それもそのはず、当日の朝時点で手元現金残高は1兆2000億円以上もあったからです。しかしその日の夜までに、何と1兆円が引き出されるという異常事態が起こってしまったのです。

ここまでの時点ですでに異常事態が重なっていた事が分かります。住宅ローン関連以外の証券の混乱、特に政府系住宅金融債の利回り急上昇、ファンドの破綻、風説の流布、そして一日で1兆円も引き出されるという異常事態です。通常の市場というのは割安な資産には買いが入るものです。政府系住宅金融債にしてもベアスターンズ株にしても、割安な資産を買い向かう主体がいて、通常は噂などは吹き飛ばされてしまうものです。しかしこの時の市場は悪材料が重なりに重なって、割安な資産を買い向かう余裕も、噂を無視できる余裕もなくなる事態に陥っていたのです。

ベアスターンズ危機をきっかけに翌日、大手証券会社を含むプライムディーラーに連銀が直接貸出を実施するという、大胆な策が発表されました。ベアスターンズのCEOも議会で「直接貸出が利用できていれば危機は逃れられた」と証言しています。ベアスターンズの危機がなければ取られなかった策とはいえ、今後は噂によって大手証券会社が数日で資金不足に陥るような事態が起こる可能性は極めて低くなりました。数日ではなく、数週間あれば、先週発表されたリーマンブラザーズやUBS銀行のように、今の市場でも資金を調達する事は十分可能だからです。

もちろん今後も金融機関にとっては難しい局面は待ち構えているでしょう。しかし、「ベアスターンズ危機」は上記のように、様々な偶然が重ならなければ起こらなかった特殊な事態です。普通に考えれば、可能性の低い「第二のベアスターンズ出現」に怯える株式市場で利益を上げられる可能性は高いはずです。