2024年から発行される新紙幣1万円札の肖像に「日本の資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一が選ばれました。玄孫である渋澤健さんは、投資銀行、ヘッジファンドを経験し、現在は運用会社であるコモンズ投信の取締役となっています。

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――渋澤健さんはなぜ個人投資家向けの投資信託運用会社をつくったのですか。

渋澤 まず経歴からお話します。私は8歳のときに父親の転勤で米国に渡り、1983年に大学卒業して帰国し国際交流のNGOに勤めていました。日本が高度成長期からバブル期に移り、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(※4)と呼ばれた時代です。その後再び渡米し87年にMBAを取得しましたところ、ウォール街が「ようこそ日本人」と迎え入れてくれたのです。

9・11のときは1週間米国から出国できなかった

 JPモルガン、ゴールドマン・サックスなど米系金融機関、大手ヘッジファンドのムーア・キャピタル・マネジメント東京事務所代表を経て、2001年に独立してシブサワ・アンド・カンパニーを設立、07年にコモンズをつくり、08年にコモンズ投信に改称し、09年から「コモンズ30ファンド」の運用を始めました。

 つまり20代から30代前半はデイトレ、30代後半はヘッジファンドの仕事をしていました。米国にいたので、渋沢栄一の存在はまったく意識しておらず、「次のボーナスはいくらになるかな」ということを考えていた浅い人間だったのです(笑)。
 会社を設立した40代で子どもが生まれたのですが、米国出張しているときに9・11(アメリカ同時多発テロ事件)が起こりました。

――ちょうど起業した年ですね。

渋澤 直接の被害は受けなかったのですが、空港が閉鎖されて1週間の足止めを食いました。その時に、独立したものの、子どもを食べさせていけるのだろうかと考え込んでしまいました。一方で、目先の利益は大切だけど、サスティナビリティ(将来にわたり社会と地球環境を保持し続ける取り組み)が大事だよなとも思うようになりました。

 起業して1年目に経済同友会に加入して、多くの経営者と意見交換をする中で、企業人の視点を学びました。いままではマーケットの視点で企業はこうあるべしと考えていたのですが、経営者の視点でマーケットを見るといろいろな課題があることが分かってきました。ある会合で経営者がファンドを批判しました。「ファンドはいいことを言って寄り添ってくるけれど、すぐに逃げちゃう、ハゲタカだね」。

 アドバイザリー業務をしていた時だったので「ちっ」と思った(笑)のですが、確かに経営者は自分が任された期間に会社を成長させることに全力で取り組んで、次世代に託すサスティナティブルな時間軸で経営を考えている。ファンドはIRR(内部収益率)を重視し、投資資金をより短く回収することを考えている。

 もちろんショートタームの資金も必要だし、ロングタームの資金も必要。ただバランスがショートターム側に寄りすぎていた。だから経営者がファンドを批判する気持ちは分かるし、時間軸が違う者同士が話をしてもかみ合わない。企業と同じ時間軸で対話ができて、投資ができるのは個人投資家だと思いました。

 ところが、そう思ったときにリーマン・ショックが起こった。これまで手がけていたヘッジファンドやキャピタルファンドなどの仕事が全て飛んでしまいました。これにはどういう意味があるのかな、せっかく会社をゼロから作ってここまできたのに……。神様がコモンズ投信をやれと言っているのかなと思い直し、09年から「コモンズ30ファンド」の運用を始めました。

 金融業界の仲間に「個人向けの積立ファンドの運用をします。株式の(短期売買をしない)ロングオンリーのファンドです」と言うと「へぇ、えらいですね」と褒められました。えらいですねは、棒読みです(笑)。

――それほど、業界では異端なファンドだったのですね。ところで、元号が変わり、気分は新しい時代です。これからの時代、私たちは投資という視点では、何をすればいいのでしょうか。

渋澤 キーワードは「インベスト」です。インは入れること、どこにいれるのかというとベスト(チョッキ)に入れる。インベストの本来の考え方は、生活圏の枠の外から成長を呼び込むことです。日本は少子高齢化の時代に入っています。今後ますます若い世代が減って高齢者が増える。だから日本はもうだめだと悲観する人は、今自分がいる枠しか見ていないのです。

 渋沢栄一は「商業(経済)に国境なし」と話しています。日本の人口動態だけを見ると少子高齢化ですが、アメリカはベビーブーマー(第二次大戦後のベビーブーム時代に生まれた人たち)よりもミレニアル世代(1981~96年の間に生まれた人たち)の方が多い。新興国はもっと若い世代が多い。新興国の人たちは先進国の人と同じ生活をしたいと願い、経済の発展に尽くす。枠の外には、違う世界があるのです。

 企業も同じ。成功体験にしがみついて枠の中で安住している企業は成長しませんが、枠の外の変化を見逃さず変化する企業は成長します。ダーウインの進化論が正しいとすれば、強い者が生き残るのではなく、環境の変化に対応した者が生き残るのです。