最近、AIに関する新聞記事で「ディープラーニング(深層学習)」という言葉をよく目にする。今回は、機械学習からデータマイニングまで幅広くAIの研究を行う、中部大学の松井藤五郎先生にディープラーニングとは何か、さらにその技術が株式投資をどう変えるのかを聞いた。
聞き手:国府田昌史
人間の脳に近づき、精度が高まった
──「ディープラーニング(深層学習)」という新技術が生まれたことにより、AIは飛躍的な進化を遂げたといわれます。それほど画期的な技術なのですか。
それは間違いありません。
今から5年ほど前、カナダのトロント大学のチームがディープラーニングを用いた画像認識の研究成果を発表し、世界中のAI研究者をアッといわせたのですが、それをきっかけにAI研究は一気に加速しました。とはいえ、ディープラーニングは全く新しい技術というわけではありません。
──というと?
「機械学習」という言葉を耳にしたことがありませんか。
──はい、聞き覚えはありますが……。
機械学習というのは、その名の通り、機械、つまりコンピュータに「自ら学習する」という機能を与えることです。具体的にいうと、何かのデータを与えると、コンピュータ自身が規則性や法則を学び取り、それをもとに物事を認識したり、分析したりできるようになります。
──人間と同じように学習できると。
機械学習の手法はいろいろあるのですが、そのひとつに「ニューラルネットワーク」と呼ばれるものがあります。これは、人間の脳内にあるニューロン(神経細胞)と、そのつながり、つまり神経回路網を「人工ニューロン」という数式モデルで表わしたものです。
そういう意味では、まさに「人間のよう」といえるかもしれません。もっとも、では人間の脳とそっくり同じものを作れるかというと、そう簡単ではないわけですが。
──それができたらSF映画に描かれているような世界が現実になるわけでしょうからね。やっぱり技術的に難しいということですか。
そうなんですが、ここにきて飛躍的な進化を遂げたわけです。それがいうまでもなく──。
──ディープラーニングというわけですね。
その通りです。手短に説明すると、ニューラルネットワークの構築には高度な計算能力が必要なのですが、これまでは計算能力に限界があったため、人間の脳に匹敵するようなものを作ることはできませんでした。いってみれば形だけに過ぎなかった。
ところが、GPUが進化したことにより、ずいぶん人間の脳に近いものができるようになったんです。
──GPU? CPUではないんですか?
はい、GPUです。CPUは「central processing unit」、すなわち汎用的な演算装置のことですが、GPUは「graphics processing unit」といい、座標軸を計算するようなグラフィック専用の演算装置のことです。
グラフィック専用のものがなぜ関係するのかというと、ここにきて単純な形のデータに対してはCPUよりもはるかに速い演算能力を誇るまでに進化を遂げたからです。GPUを使うことによって、大規模なニューラルネットワークが学習できるようになりました。
──大規模というのは?
ひと言でいえば、「多層構造」ということです。人間の脳は多層的な構造をしているわけですが、それと同じように何層も「ディープ」に重ねられるようになりました。また、ひとつひとつの層のなかの神経細胞を増やすこともできます。
──要は頭がよくなったというわけですね。
そう、格段に。
──具体的には何ができるようになったのでしょうか。
先ほど、コンピュータにデータを与えるとコンピュータ自身が規則性や法則を学び取ると説明しましたが、当然、たくさんのデータを与えれば与えるほど精度が上がります。
ところが、前はニューラルネットワークのサイズが小さかったため、大量の説明変数を与えることができませんでした。そこで、人間が「これとこれは学習に役立つだろう」と取捨選択していました。
それが、今はどれだけ大量に説明変数があろうと全て与えることができるようになったわけです。
──結果、精度がぐんと高まった?
人間が取捨選択すると重要なものが漏れる恐れがありますよね。コンピュータ自身が選び出すほうがはるかに信頼性が高いわけです。
AIを活用したサービスが普及する
──ディープラーニングはすでに実用化されているようですが、どんな分野で利用されているのでしょうか。
ディープラーニングが最も得意とするのは画像認識と音声認識の分野です。
ですから、自動運転の障害物認識システムや、監視カメラなどの顔認識システム、レントゲンやCTなど医療機器の画像診断システム、さらにはスマートフォンの音声検索などでも活用されています。
──最近は証券会社や投資信託会社の多くが、AIを用いた株式売買システムの開発に着手したり、AIが運用する商品の販売を始めたりしています。金融業界でもディープラーニングは活用されるようになるのでしょうか。
おそらくもう多くの企業が活用しているか、あるいは活用を考えていると思います。
例えば、米国のヘッジファンドなどではミリ秒単位の超高速トレーディングが以前から当たり前のように行われていますよね。人間が売りや買いを判断するのでなく、コンピュータがその場その場の市況を自動的に判断して取引を行っているわけです。そうした場面においては、ディープラーニングの技術は間違いなく威力を発揮します。
ヘッジファンドの多くは、超高速トレーディングにディープラーニングの技術をすでに導入し始めていると思います。
──日本ではどうでしょう。
日本の投資信託会社なども、AIを活用した商品を扱うようになっています。当然、ディープラーニングの技術を用いているケースもあるでしょうね。
──それぞれの企業がディープラーニングを開発しているのですか。
いえいえ、そんなに簡単にできるものではありません。ただ、例えばグーグルなどでは、自社が開発したディープラーニングのツールをオープンソース化しています。ごく最近、IBMも主力製品である人工知能「ワトソン」を無償提供すると発表しました。
つまり、どんな企業でも、それらを活用して株価動向の予測を行ったり、それらを使った金融商品を開発することが可能なんです。
──では、これからますますAIやディープラーニングを活用したサービスが増えそうですね。
それは間違いないでしょう。
──でも、どうなんでしょう。ほんとに信用していいんですか。
AIをということですか?
──例えば証券会社に行ったら「うちのAIはこの銘柄が上がると判定している。お客様もどうですか」などと勧められることもあるわけですよね。それって真に受けていいのかどうか。
それは何ともいえないですねえ(笑)。その証券会社がどのようにAIを活用しているかにもよりますし。
──特定の銘柄が上がるか下がるかを予測することもAIにはできるわけですよね。
AI、あるいはディープラーニングが最も本領を発揮するのは、先ほど話した高速トレーディングのようなとても速い判断が求められるケースです。あるいは1日のどのタイミングで売り買いすべきか、といった課題も得意です。ただ、もちろん、株価の動きを予測することもできます。
──でも、あまり得意ではない?
というか、AIも過去のデータに基づいて予測するわけです。ですから過去に経験していないことや、全く想定していなかったことが起こると、AIにも対処しきれません。そういう意味ではAIでも将来を予測することは難しいといえるかもしれません。
──といって、人間なら予測できるというわけでもないですからね。人間、つまりエコノミストの分析を信じるか、それともAIを信じるか。悩ましい問題です(笑)。
その比較でいうと、ディープラーニングには一つ、大きなハンディがあります。コンピュータが自ら学習して答えを導き出すわけですが、なぜその答えにたどり着いたのかを説明することができないんです。話せないから説明できないわけではなく、コンピュータ自身、理由がわからない。なぜかといわれても困りますが、そういうものなんです。
ですから、きちんと根拠を説明してくれないと信用する気になれない、という人にはあまり勧められません。
──四の五のいわず、買うなら買う、買わないなら買わないと決めるしかないと(笑)。
実際には担当者が後付けで根拠を探し出してきて、コンピュータに代わって説明してくれると思いますが。
──最後に一つ、質問させてください。まだAIは完成したわけでなく、進化の途中といえると思うのですが、果たしていつ「完成」するのでしょうか。あるいは永遠に「完成」しないのでしょうか。
何をもって「完成」というのかにもよるでしょうが、例えば人間の脳に追いつくことを「完成」というなら、いずれは「完成」すると私は思います。それがいつかは難しいですね。おそらく研究者に聞くと「20年以内」などと答える人が多いと思います。
でも、それは根拠があるわけではなく、自分が「完成」させたいと思っているからなんです。だから、決して50年後とか100年後などとはいいません(笑)。私も、もちろん自分が関われれば最高ですが、それが叶わなくても生きている間に「完成」したものを見てみたいですね。
──ありがとうございました。私たちもAIが「完成」するのを楽しみにしています。
<プロフィール>
中部大学 生命健康科学部臨床工学科兼工学部情報工学科准教授
松井 藤五郎氏
1974年生まれ。2003年名古屋工業大学大学院工学研究科博士後期課程電気情報工学専攻修了。東京理科大学理工学部経営工学科助教を経て、中部大学工学部情報工学科講師に。2014年4月から現職。
※この記事は2018年2月9日に東証マネ部!サイトで公開されたものです。
記事提供元
<合わせて読みたい!>
AIを「相棒」にして、投資先を選ぶ
ディープラーニングが拓く「AI投資」の可能性
「架空の市場」が、金融市場の安定に貢献する
AIが導く金融市場の未来