前回は、2018年の重要経済スケジュールと注意点を取り上げました。今回は、「2018年の世界10大リスク」を取り上げます。これら二つの項目は、毎年、年初めにこのコラムで取り上げています。政治や経済の重要イベントの日程を押さえ、そしてそれらを取り巻く環境に変化を与える可能性があるリスクを押さえておくことによって、リスクシナリオを想定し、準備しておくことができるからです。
昨年は欧州でフランス大統領選挙、オランダ、イギリス、ドイツでは総選挙がありました。ポピュリズムが吹き荒れ、極右政党や反EU(欧州連合)政党の躍進によって欧州政局はかなり混乱するとマーケット参加者は身構えていました。ところが、前年のトランプ大統領の誕生によって欧州市民は冷静になり、選挙の結果は無難に終わりました。
しかし、欧州の政局を不安定にさす火種は残ったままであり、くすぶり続けています。ドイツのメルケル首相は選挙には勝ったものの、連立政権樹立は難航しています。また、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」によって世界は翻弄されました。これらの動きについて、政治リスクを専門とするユーラシア・グループ(※)は、昨年の10大リスク予想で、(1)「独立した米国」、(3)「弱体化したメルケル」をトップ3の2項目として指摘していました。また、第9に「北朝鮮」リスクを挙げていました。毎年、このコラムでは、マーケットで最も注目されているこのユーラシア・グループの「世界10大リスク」を紹介しています。今年は何を取り上げているのでしょうか。
※ユーラシア・グループは1998年に設立された米国の会社で世界最大規模の政治リスク専門コンサルティング会社。マーケットを動かす可能性のある世界各国・地域の政治リスクを分析し、機関投資家や多国籍企業にアドバイスしている。社長のイアン・ブレマー氏は国際政治学者で、2011年に既に「Gゼロ」の時代が来ると指摘したことで一躍有名になった。「Gゼロ」とは、世界を動かすのはG7(先進国の7カ国グループ〈日米英独仏伊加〉、すなわちGroup of Seven=G7)でもなく、G2(米中)でもなく、Gゼロ、つまり「リーダーなき世界」を意味する。
ユーラシア・グループ「2018年世界10大リスク」
ユーラシア・グループの「世界の10大リスク」は毎年年初に発表されます。今年は1月2日に発表されました。この情報自体は有料ですが、数日経つと新聞やネットで概要が公開されます。また、TVニュースでも特集されるので、それらを参考にすることができます。
発表では2018年の総論として、「株価は上昇し、経済は悪くないが、市民は分断され、政府は十分に統治できていない。世界秩序は壊れ始めている」と分析しています。そして「世界金融危機があった2008年に匹敵する不透明感が世界を覆っている」と指摘。さらに、同社社長のイアン・ブレマー氏は、別のインタビューで「2018年は同社を創業してから過去20年間で最も危険な年だ」と述べています。米国の国際社会への影響力が後退し、国際秩序が緩む中で、中国を筆頭にロシア、イラン、トルコなどが勢力拡大にうごめき始めており、北朝鮮やシリア問題などが深刻な国際紛争に発展する可能性があるからだとしています。
2018年ほど危険な年はないと分析される、「2018年の世界10大リスク」は以下の通りです。参考までに昨年の「2017年世界10大リスク」も併記しました。昨年のリスクと対比することによって、リスクが内在する地域や国、それらを含めたグローバル・リスクがどのように変化していったかがわかります。
今年の「世界10大リスク」の第1位に「中国」を挙げています。昨年は米国でした。今年は中国の存在感がさらに増すと分析しています。米国の機能不全で生まれた国際秩序の「空白」に乗じて、中国が経済や情報技術の分野で動き出し、米中関係は険悪になる可能性が高いと分析しています。通商交渉が激化し貿易戦争に発展する懸念があると指摘しています。
中国税関総署が1月12日に発表した2017年の貿易統計によると、対米貿易収支は2,758億ドルの黒字となり、2016年から約1割増加し、過去最高を更新しました。黒字額が拡大したことで米中の貿易摩擦が激化する可能性は十分考えられます。通商問題はトランプ大統領の意向がより反映されやすい分野です。米中で貿易問題が激化すれば、日本にも飛び火する可能性があり注意する必要があります。通商問題で言えば、第4位のメキシコのリスクにも注目です。米国との貿易問題に火が点けば、工場設置が多い日本にも影響してくるかもしれないからです。
第2位のリスクに「偶発的なアクシデント」を挙げています。ここでいう「アクシデント」とは偶発的な軍事衝突のことです。イアン・ブレマー氏は北朝鮮やシリア・イランを巡る情勢は、偶発的な衝突によって世界を変える危機に発展する危険性があり、その危険性はより高まっているとインタビューで述べています。たとえば、北朝鮮を巡る偶発的な戦争勃発の原因として、同氏は(1)米軍の軍事演習のエスカレート、(2)空中分解した北朝鮮ミサイルの日本落下、(3)魚場を巡る中国と韓国の衝突、(4)北朝鮮のサイバー攻撃強化と米国の報復などを挙げ、いずれも非現実的ではないとしています。
北朝鮮リスクは今年最大のリスクだと指摘するのはイアン・ブレマー氏だけではありません。安全保障の分野に強いイギリスの有力シンクタンクであるIISS(国際戦略研究所)のジョン・チップマン所長は、「典型的な地政学の観点で最も大きなリスクは、北朝鮮の紛争だろう」と指摘しています。
どうやら北朝鮮リスクは今年も大きなリスクとして、為替市場を覆いそうです。リスクが高まれば円高に振れることになりそうですが、偶発的な紛争が起きた時は必ずしも円高に行かないかもしれないという点は留意しておく必要があります。もし、落下物が東京などに落ち、日本への被害甚大となった場合には円安に振れるシナリオも想定する必要があるかもしれません。
PHP総研のグローバル・リスク分析
日本でも毎年、PHP総研がPHPグローバル・リスク分析を発表しています。毎年12月に専門家集団が実名入りで分析し発表しています。このレポートは発表と同時にネットで見ることができます。このレポートの特徴は、日本が着目すべき10のグローバル・リスクについて分析している点です。合わせて日本への影響にも触れているため参考になります。PHP総研が発表した2018年版10大リスクは以下の通りです。ここでは項目のみを紹介します。
為替市場をみる時には、為替レートが目まぐるしく動くためどうしても短期眼で見がちですが、今回紹介するグローバル・リスクを念頭に置きながら、大きな流れの中でも為替の動きを見て下さい。長期的な視点も持ち合わせることによって、また違ったシナリオを想定することができます。