日銀のマイナス金利政策がスタートしてから早4カ月。金利低下により業績悪化が懸念される銀行株や生命保険株の株価は相変わらず弱い動きが続いています。しかし、マイナス金利が悪影響を及ぼすのはそれだけではありません。そこで今回は、マイナス金利が企業の業績にどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います。
市場参加者が衝撃を受けた大和ハウス工業の特別損失発表
4月13日に大和ハウス工業(1925)が発表した「退職給付に関する特別損失の発生及び平成28年3月期業績予想の修正に関するお知らせ」というタイトルのIRの内容に、市場参加者は衝撃を受けました。
そこには、平成28年3月期決算において、退職給付債務の割引率変更に伴う影響額として、849億円の特別損失を計上する見込みと記されていたからです。
大和ハウス工業だけではなく、LIXILグループ(5938)や昭和飛行機工業(7404)など、マイナス金利に伴う国債利回り低下による影響で退職給付に係る費用・損失の計上を余儀なくされる企業が相次ぎました。
銀行株や生命保険株に悪影響を及ぼすであろうことは周知の事実だが・・・
マイナス金利の影響と聞いて真っ先に思いつくのは、不動産株と銀行株、生命保険株です。不動産株については、国債との利回り格差が広がって投資物件の割安感が増し、さらにローン金利の低下が不動産投資に拍車をかけることにより不動産市況にプラスに働くことが期待できます。
一方の銀行株については、貸付金の利息が減り、業績にマイナスの影響を及ぼすことが懸念されています。生命保険会社は、契約時の予定利率を下回る運用となってしまう、いわゆる「逆ザヤ」の恐れがある点が嫌気されています。
現に、三菱UFJフィナンシャルグループ(8306)やみずほフィナンシャルグループ(8411)、第一生命保険(8750)やT&Dホールディングス(8795)など、関連銘柄の株価は冴えない動きが続いています。
「退職給付債務の増加」という思わぬ悪影響がすでに表れている
ところが、マイナス金利で影響を受けるのは、なにも銀行・生命保険だけに限りません。様々な業種の多くの企業にとって、マイナスの影響を受けかねないのです。それは「退職給付債務」が増加することによる追加的な費用・損失の発生です。
上でご紹介した大和ハウス工業や、LIXILグループ、昭和飛行機工業の損失ないし費用も、退職給付債務の増加が原因となっているのです。
「退職給付債務」とは一体何か?
ここで、ごく簡単にではありますが、退職給付債務について説明しておきます。退職給付債務とは、退職給付会計基準にもとづき計上が求められている負債で、一言でいえば「企業が将来従業員に対して支払わなければならない退職金」のことです。
もう少し詳しく言うと、将来支払わなければならない退職金を、割引率で現在価値に割り引いた金額が負債として計上されます。
割引率として一般的に用いられるのが国債利回りです。そして、割引率が高ければ高いほど現在価値が小さくなるため、退職給付債務として負債に計上すべき金額も少なく済みます。逆に割引率が低いほど現在価値が大きくなり、退職給付債務も膨らんでしまいます。
近年は、長期金利が低下傾向にあるため、国債利回りも低下し、割引率が小さくなっていました。そんな中、今年2月からのマイナス金利導入により、さらに国債利回りが下がり、割引率低下に拍車がかかってしまったのです。その結果、大和ハウス工業などでは退職給付債務が一時に大きく膨らんでしまい、多額の損失計上を余儀なくされたのです。
特別損失等の発表がない他の企業でも業績に悪影響を及ぼすおそれが
なお、割引率の低下があった場合でも、重要性の基準により、直ちに追加的に費用を認識する必要がないケースもあります。しかし、ここからさらに金利水準が低下した場合は費用を認識せざるを得なくなり、ひいては業績に悪影響を与えることになります。
さらに、追加的な費用が生じた場合の会計処理の違いにも注目する必要があります。先の大和ハウス工業のように体力のある企業の場合は、全額をその期に費用計上してしまいます。そのため、追加的な費用が生じた期は業績が大きく落ち込みますが、来期以降の業績には影響ありません。
しかし、体力のない企業では、追加的な費用を複数年にわたり少しずつ費用計上していくケースもあります。そうすると、退職給付に関連する費用が毎年の利益を圧迫することになり、業績の下振れ要因となります。
株価という面からいえば、ダラダラと何年にもわたって費用計上する企業より、1期にまとめてドカンと費用計上し、次期以降V字回復となる企業の方が株価は上昇しやすいはずです。
退職給付に係る費用処理の方法は、有価証券報告書の会計処理方法の箇所に記載されていますので、一度確認しておくとよいかも知れません。
退職給付債務が大きい企業と小さい企業の違い
なお、退職給付債務は全ての企業にとって同レベルの問題というわけではありません。退職給付債務の金額が大きい企業や小さい企業、そして退職給付債務が全く存在しない企業もあります。
従業員が多ければ当然退職給付債務も大きくなります。また、平均年齢が低い企業よりも高い企業の方が相対的に退職給付債務の額は大きくなります。一方、確定拠出年金を導入している場合は、確定拠出年金にて賄われる分については退職給付債務が不要となります。さらに、新興市場銘柄など、そもそも退職金制度のない企業もあります。退職金を従業員に支払う必要がないのであれば、当然退職給付債務も発生しません。
今や、企業の業績は本業とは関係ない「金利動向」に大きく左右されるようになってしまいました。いくら本業で頑張っても、金利の大幅な低下により、退職給付関連の費用が生じ、本業で得た利益が吹き飛んでしまうこともあり得る、それが今の日本株なのです。こうした点を踏まえた銘柄選びが今後必要になってくるのかも知れませんね。