執筆:香川睦

6月30日の日経平均は小幅ながら続伸し、前日比9円高の15,575円となりました。先週24日の「ブラックフライデー」(英国民投票でのEU(欧州連合)離脱派勝利を受けた世界同時株安)で日経平均は大幅下落しましたが、今週はその下げ幅の半分弱を取り戻しました。

1日の日本時間5時30分現在、為替は1ドル103.29円、CME日経平均先物(9月限)は15,745円となっています。

(1)世界株式とドル円の軟調は一巡か

BREXIT(英国のEU離脱)リスクが顕在化し、24日は世界の株式時価総額が約3兆ドル(約300兆円)も失われました。政治・経済面を巡る不確実性の連鎖に警戒感が高まり、投資家のリスクオフ(回避)姿勢が強まったことが背景です。日経平均は、昨年6月24日につけたアベノミクス相場の高値(20,868円)から1年を経て約6,000円(約28%)下落したことになります。外部環境の悪化(海外株式とドル円の変動)に比較的脆弱な日本株の特性がみてとれます(図表1)。ただ今週に入っては、海外株式もドル円も落ち着きを取り戻しており、日経平均は24日の下げ幅の半分弱を取り戻す反発をみせています(30日時点)。

図表1:日経平均、海外株式、ドル円の推移

(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成

(2)リーマンショック時と異なる市場の恐怖感

先週末の株価急落は、予想や期待を裏切る英国民投票の結果を受けたショック安が増幅した結果と言えます。ただ、今回の事象が、2008年9月の「リーマンショック」時に匹敵する弱気相場に繋がるか否かは見方が分かれています。

図表2は、米国市場と欧州市場で注目されている「恐怖指数」と先進国(G7)株式指数の推移を振り返ったものです。今回上昇した恐怖指数の水準は、リーマンショック時の水準を大幅に下回っており、すでに安定化の兆しをみせています。今後も政治経済面での影響を見極める必要はありますが、現時点で市場は、リーマンショック時のような金融危機(信用収縮)とそれに続く世界的な景気後退入りを見込んでいないと思われます。

図表2:欧米の恐怖指数と先進国株式の推移

(注1)米国の恐怖指数=CBOE SPX VI(Volatility Index)、欧州の恐怖指数=Euro STOXX50 VI
(注2)「恐怖指数」とは、オプションの取引価格から算出されるインプライド・ボラティリティ(予想変動率)指数の俗称。指数の上昇は投資家が先行き警戒感(不透明感)を強めていることを示し、指数の低下はリスク選好(リスクオン)姿勢が回復していることを示します。
(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成

市場が大きく変動したことを受け、日米欧の政府当局が政策協調(流動性供給、為替介入、追加緩和など)を打ち出す姿勢を示したことも、市場安定に寄与しています。言わば、一段の円買いや株売りが牽制されているとも考えられます。日経平均に影響が大きい為替相場は、7月8日に発表される米雇用統計(7月分)などで米国の景況感を見極め、その上で日米金融政策の方向感を材料視していくと見込まれます。特に、4月と6月の政策決定会合で追加緩和を見送った日銀が、7月28-29日の会合で追加緩和を決定する動きとなれば、円高・株安の流れを食い止める効果が期待できそうです。

(3)割安感が強まった日本株式市場

株価が急落した24日時点で、東証1部上場全銘柄(1954銘柄)をカバーするTOPIX(東証株価指数)の予想PBRは1倍を割り込みました。PBR(株価純資産倍率)とは、「Price Book-Value Ratio(株価÷BPS(1株当り純資産))」の略で、株価の純資産に対する割安感を判断するバリュエーション指標のひとつです。BPS(1株当り純資産)は、企業が解散した場合の株主の取り分(解散価値)を示しているとされます。

2007年以降のTOPIXと予想BPS(純資産)の関係を振り返ると、株価がBPSを割り込んだのは、①2008年9月のリーマンショックと景気後退の影響で、09年にかけTOPIXベースの業績(EPS:1株当り利益)が赤字に転落し純資産が減少した、②2011年から12年にかけては東日本大震災と円高進行で業績見通しが低迷した局面が挙げられます。

図表3:TOPIXと指数ベースの予想純資産

(注)TOPIXの予想純資産(1株当り純資産)は指数ベースの時価総額加重平均(Bloombergによる集計平均)
(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(6月24日時点)

業績が黒字基調である現在は、純資産は増加傾向にあります。また、テクニカル面からも、TOPIXは1200ポイント程度(PBS)が下値目途として意識されやすいように見えます。

そこで、東証1部上場銘柄のうち、時価総額が大きい30社(日本を代表する大手優良銘柄群)で構成されるTOPIXコア30指数をベースに、「PBRが1倍を下回っている銘柄」を一覧にしました(図表4)。例えば、トヨタ自動車のPBRは0.93倍、三菱UFJファイナンシャルグループは0.41倍、本田技研工業は0.69倍と、直近の株価はそれぞれの解散価値を下回っており、配当利回り面でも割安感を強めていることがわかります。「日本株式会社」を象徴するこうした大型優良株に経営破綻(?)を見込まない限り、株価下落は中長期の視野でみた投資機会を提供するものと考えられます。

図表4:TOPIXコア30銘柄の「PBR1倍割れ」銘柄

東証コード 銘柄
(企業)名
株価(円)
6月30日
年初来騰落率 今期予想増減益率 来期予想増減益率 今期予想PER(倍) PBR
(倍)
配当利回り
7203 トヨタ自動車 5,052 -32.5% -22.0% 14.5% 8.73 0.92 4.2%
8306 三菱UFJフィナンシャル・グループ 456 -39.8% 2.6% 0.9% 6.49 0.41 3.9%
7267 本田技研工業 2,573 -34.2% 48.4% 12.8% 9.07 0.69 3.4%
8316 三井住友フィナンシャルグループ 2,926 -36.5% 9.5% 0.0% 5.65 0.45 5.1%
8411 みずほフィナンシャルグループ 148 -39.1% -11.8% -5.4% 6.24 0.46 5.1%
8058 三菱商事 1,788 -11.8% 黒字転換 8.9% 10.44 0.62 2.8%
7201 日産自動車 918 -28.3% 10.0% 11.7% 6.67 0.81 4.6%
8766 東京海上ホールディングス 3,367 -28.5% 7.6% 7.7% 9.28 0.73 3.3%
8031 三井物産 1,214 -16.0% 黒字転換 4.4% 11.82 0.64 5.3%
6501 日立製作所 424 -38.7% 40.5% 17.4% 8.46 0.75 2.8%
6902 デンソー 3,577 -38.5% 1.2% 8.0% 11.50 0.91 3.4%
8604 野村ホールディングス 365 -46.2% 1.0% 16.6% 9.90 0.49 3.6%

(注1)予想増益率は、Bloomberg集計によるEPS(1株当り利益)市場予想の前年比伸び
(注2)予想PER(株価収益率)=株価÷今期予想EPS(1株当り利益/Bloomberg集計平均)
(注3)PBR(株価純資産倍率)=株価÷1株当り純資産、配当利回り=実績配当÷株価
(注4)上記は、TOPIXコア30指数構成銘柄のうち、PBRが1倍未満の銘柄を時価総額降順で一覧した。
(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(6月30日時点)

大型優良銘柄の割安感に注目

英国民投票によるEU離脱派勝利と世界同時株安は、あらためて「相場には、上り坂と下り坂の他に魔坂(まさか)がある」との格言を思い知らされるものでした。ただ、日米欧政府当局による政策協調期待を支えに、為替(ドル円)や海外株式は落ち着きを取り戻しつつあります。市場のリスクオフ(回避)姿勢が後退すれば、上記したPBR(株価純資産倍率)、PER(株価収益率)、配当利回りなどバリュエーション面での割安感が見直される可能性があります。時間分散を心がけつつ、東証上場の大型優良株(時価総額面の大型株)への長期投資を検討する好機かもしれません。