執筆:窪田真之

今日のポイント

  • トランプ大統領は米経済を強くする政策を実施すると言う。ところが、中身を吟味すると、短期的な景気押し上げ効果のみで、長期的には米経済を弱体化する政策が多い。
  • 景気・企業業績改善が続き日経平均の下値は堅くなってきたが、トランプ不安が続き、上値を抑えている。

(1)トランプ政策、5つの大間違い

トランプ大統領は、短期的に米景気を強くすることしか考えていないようです。短期的に景気を拡大するものの、長い目で見ると、米経済を弱体化する政策ばかり目立ちます。以下、5つの問題点を挙げます。

景気回復期に大規模景気刺激策

トランプ大統領は、大型減税や公共投資の増額によって、米経済の成長率を一段と高める方針です。大統領選のキャッチフレーズは「Make America Great Again(米国を再び偉大にする)」でした。米経済の往年の栄光を取り戻すという趣旨です。現状に不満を持つ米国の低所得者層に響く言葉でした。

ただ、現実には米経済は既にGreat(偉大)であり、ここからさらに景気刺激策を取ると、景気過熱を招きかねません。米経済は、シェール革命によって、かつてない繁栄を謳歌しているところです。世界一の原油輸入・消費国だった米国で、突然、安価なシェール・ガス・オイルが大量に産出するようになった効果は莫大です。

トランプ大統領がまだ何もしないうちに、米景気は回復色を強めています。にもかかわらず、トランプ大統領はここから大規模な景気刺激策を発動する方針です。

大規模景気刺激策には副作用が多いので、深刻な景気悪化局面以外は回避すべきです。大統領の人気取りのために大規模公共投資をやれば、後に、経済効率の悪化と財政赤字の拡大を生じます。さらに、大規模な「財政のガケ」が米景気を悪化させる問題もあります。

大規模公共投資は、始める時は景気を上向かせて歓迎されるが、後に反動で景気を下押します。それは、日本や中国が経験してきたことです。たとえば、10兆円の公共投資をやれば、その年の景気にはプラスに働きますが、次年度以降にはマイナス効果が及びます。毎年10兆円の公共投資をやり続けることはできず、公共投資額を減らさざるを得なくなるからです。

オバマ前大統領も、就任直後は公共投資を増やして米国民に喜ばれました。ところが、後に財政のガケが景気に悪影響を及ぼす時には、米国民から嫌われました。オバマ前大統領の選挙戦でのキャッチフレーズは、「Change-Yes We Can(我々は変わることができる、そう、できる)」でした。現状に不満を持つ層の心に刺さる言葉でした。ところが、公共投資を増やすことでは、問題の根本的解決にはなりませんでした。

中国は、リーマンショック後の2009年に、4兆元(約65兆円)の公共投資を実施しました。それで、中国景気は急回復し、世界的な景気回復を牽引しました。この時は、中国の4兆元投資が世界経済を救ったと言われました。

ただし、中国は、この時に膨らんだ非効率な投資の整理と、財政のガケに、その後長く苦しむことになりました。4兆元の投資をやって良かったといえたのは、当初1年だけでした。

トランプ大統領が公共投資の大判ぶるまいをすれば、後に禍根を残すことになるでしょう。ただ、トランプ大統領が目指す法人減税には、米国企業を強くし、米国に投資を呼び込む効果もあります。財政悪化の問題を除けば、法人減税自体は、米経済を強くする政策と言えます。

問題は、法人減税の財源です。以下に示す通り、トランプ政権は、弱者切捨てで財源を確保し、法人減税を実施しようとしています。それが、米国の社会不安を高めるリスクがあります。

露骨な弱者切り捨て政策

トランプ政権が議会に提出した予算教書で、トランプ政権の本質が明らかになりました。予算教書は、低所得者への補助金を大幅カットすると同時に、大型減税や公共投資を実施するという内容でした。弱者を切り捨てて、大企業を優遇する冷徹な資本主義政策です。

米経済は歴史的な繁栄期を迎えていますが、貧富の格差拡大により、社会不安が高まっているのは事実です。米経済繁栄の恩恵を受けられない低所得者層の拡大により、社会的な分断が深まっています。トランプ大統領は、低所得者層の不満の受け皿となることで、大統領選に勝利しました。

ところが、大統領になってからは、露骨な弱者切捨て策を連発しています。こうした行動は、トランプ大統領を支持した低所得者層の反発を招き、米国社会の分断を一段と深める可能性があります。

保護貿易主義

米国はかつて長い間、鉄鋼産業を保護していました。その結果、米国の鉄鋼産業は競争力を失い、米国の自動車産業は高い鉄鋼製品を買い続けなければならなくなりました。

鉄鋼産業の例に限らず、競争力の弱い産業を保護するとさらに弱くなり、保護するためのコストがどんどん膨らむのが常です。

未来の技術を育てるために、先端技術の開発企業を支援することが必要な場合はあります。ところが、トランプ大統領がやろうとしていることは、技術革新に遅れた企業を温存するための保護主義であり、長い目で見て、米経済を弱体化させるものです。

パリ協定からの離脱を画策、資源開発を促進

トランプ大統領は、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から離脱し、米国内の炭鉱労働者の雇用を取り戻すことを選挙公約としてきました。

先週、トランプ大統領は、中東・欧州を歴訪し、イタリア・タオルミナで開かれたG7サミット(日米英仏独伊カナダの先進7カ国首脳会談)にも参加しましたが、パリ協定からの離脱を検討していることを伝えた模様です。そのため、タオルミナ・サミットの首脳宣言では、7カ国が「パリ協定の早期批准を目指す」文言が外され、米国を除く6カ国が「パリ協定を迅速に実施」する方針だけ記載されました。

トランプ大統領は、米国内でも環境規制を緩和することを画策しています。もし実現すると、米国の自動車メーカーは、環境技術の開発コストや規制の束縛から解放され、燃費の悪いパワフルな大型車をたくさん売ることができるようになります。そうなると、一時的に米自動車メーカーの業績を改善する効果があります。

ただし、長い目で見ると、自動車産業を含む米国製造業の競争力を弱めることになります。米国で、省エネ・環境技術の開発が進まなくなるからです。今でも、省エネ・環境技術で水をあけられている日本やドイツとの技術格差は一段と開くことになるでしょう。

トランプ大統領は、環境規制によって認可が出なくなっている国有地でのシェールオイル開発をどんどん認可すると述べています。そうなると、米国の資源産業は一段と栄えることになるでしょう。

ただし、その先に問題が待っています。世界で「資源の呪い」と言われている現象があります。資源が発見され、資源産業が栄える国で、製造業が廃れていく現象を、資源の呪いと呼んでいます。資源で安易に稼げるようになると、雇用や技術開発が資源産業に流れるようになるからです。トランプ氏の政策で、米国の資源産業は一段と栄えるかもしれませんが、長い目で見て、米国の製造業を衰退させる要因となるでしょう。

防衛・外交面で強硬策、国防費の大幅拡大

トランプ大統領は、軍需産業の雇用を増やすことに貢献しています。先週の中東歴訪では、サウジアラビア向けに約12兆円の兵器輸出の商談をまとめました。また、予算教書では、2017会計年度(2017年10月―2018年9月)の軍事費を前年度比+10%の歴史的増額とする方針を示しています。

ただし、軍事費の増加は、米経済にとって両刃の剣です。戦争を行わない限り、生産した武器は消費されません。戦争を実施しても、古い時代のように、植民地を獲得することはできません。つまり、軍事費の拡大は、リターンのない投資ということになります。

米国の戦略を見て、中国も国防費を大幅に増額する方針を決めています。米国だけが軍事費を増やせば、米国の軍事支配力は強化されますが、世界中に、軍拡競争が広がると、米国の相対的な力は必ずしも高まりません。

トランプ大統領は、米国第一主義のもと、米国にとって不都合な国に、強硬策を取る方針です。米国に刺激されて、米国と同様に、自国中心主義に舵を切る国が世界中に増えています。すべての国が自国中心で動くことにより、すべての国がダメージを受けるリスクが高まっていると思います。

(2)日経平均はやや膠着

景気・企業業績の改善が続き、日経平均はPER(株価収益率)で14倍の割安評価となりました。日経平均が目先、大きく下がるリスクは低いと思います。

ただ、今日のレポートで述べた通り、トランプ不安を中心として、世界に政治不安が広がり、それが株価の上値を抑える要因となっています。日経平均は目先、上下とも動きにくい展開と見ています。