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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「三中全会で語られた金融体制改革。「金融法」制定の中身とは」
「金融体制改革」をうたった三中全会
先週のレポートでは、7月15~18日に開催された三中全会から見えた八つのポイントに整理して解説しました。「中国式現代化」、国有企業・資本への戦略的傾倒、米中デカップリング、2029年という節目と4期目を視野に入れる習近平(シー・ジンピン)総書記といった角度から検証しました。
今回は、提起したポイントの中でまったく扱わなかった金融について、三中全会が何を語ったのか。習近平氏率いる中国共産党指導部は金融という分野をどう認識し、行動しようとしているのかを見ていきたいと思います。
本連載の読者の方々が、中国における金融という産業分野がどうなっているかに対しての関心が必ずしも強いとは言えないかもしれませんが、中国の金融市場がどう推移しているのか、どこへ向かっているのかを把握することは、世界のマーケットを理解するという意味で有益であると私は考えます。
三中全会が採択した『さらなる改革の全面的深化、中国式現代化の推進に関する中共中央の決定』(以下「決定」)と題された公式文書は、「金融体制改革を深化させる」と提起した上で、次のような事柄に取り組んでいくとしています。
「中央銀行の制度を加速的に改善し、金融政策の伝導メカニズムを円滑にする。科学、グリーン、普遍的恩恵、養老、デジタルといった分野における金融を積極的に発展させ、重大な戦略、重点分野、弱い分野に対する良質な金融サービスを強化する。金融機関の位置づけやガバナンスを改善し、実体経済に貢献するためのインセンティブや制約メカニズムを健全化する。エクイティファイナンスを多元的に発展させ、多次元による債券市場の発展を加速させ、直接融資の比重を向上させる。国有金融資本の管理体制を最適化する」
多種多様な分野において金融市場の持つ潜在力を発揮し、実体経済の成長に資する働きをしてもらいたいという意図が表れています。また、以前から提起されていることではありますが、銀行からの融資を通じた資金調達ではなく、企業が株式や債券などの発行を通じて投資家から資金を直接調達する証券取引を奨励している現状が見て取れます。近年、私も中国金融当局の関係者らと議論をする過程で、中国経済が持続的に成長していく上では金融市場の働きが不可欠であり、特に証券市場を盛り上げていかなくてはならないという意思やスタンスは感じています。
例として、上海総合指数は依然として3,000ポイント以下という低水準で推移しており、中国株式市場が盛り上がっているとは決して言えない状況ですが、当局にそのような意思があるという点に関しては、心に留めておいていいでしょう。
また、「決定」は、「長期資金が市場で調達されることを支持する」、「上場企業のクオリティーを向上させる」、「上場企業への管理監督とイグジット制度を強化する」、「資本市場が長期的に安定するためのメカニズムを構築する」といった点も指摘しています。それらの文脈の中で、上場企業に対する管理監督の強化、筆頭株主や配当、インセンティブ設計などに対する「制約メカニズム」を改善するともうたっており、中国証券管理監督委員会といった当局が従来以上に企業や市場の動向ににらみを利かしていくことが予想されます。
「金融法」の制定。その中身は?
「決定」は「金融法」を制定すると端的に言い切っています。ちなみに、今回の三中全会が提起した新たな法律はほかに「民間企業促進法」があります。これらの分野や角度から中国経済の持続的成長を担保していきたいという中国当局のスタンスがにじみ出ています。
「決定」の文脈と文言から、今後どこかのタイミングで制定が見込まれる「金融法」は、以下の事項を内包するように思われます。
- 金融市場における管理監督システムの改善
- 中央と地方政府による管理監督の協調
- リスクを早期に発見、抑止するための制約と制度
- システミックリスクを有効に防止するための金融安定化保障システムの構築
- 金融消費者の保護と違法な金融活動に打撃を与えるためのメカニズム
- 産業資本と金融資本をめぐる「ファイアウォール」の構築
一目瞭然ですが、以上の項目は「守り」の政策で、金融市場が混乱、無秩序化しないための措置であり、金融機関や投資家たちの不当、違法な行為を取り締まるための規制強化といえるものです。
一方、以下の項目は「攻め」とまではいえないものの、緩和的な措置といえるでしょう。
- 金融の高水準開放を推進する
- 人民元の国際化を慎重かつ着実に推進する
- 人民元のオフショア市場を発展させる
- デジタル人民元の研究開発と応用を穏健に推進する
- 上海国際金融センターの建設を加速させる
「慎重」、「穏健」といった形容動詞が散見され、中国当局としても思いっきり攻めるという感じではありませんが、中国の金融政策、市場にとっての新たなフロンティアを視野に取り組んでいくという意思は持ち合わせているように見受けられます。個人的には、10年以上前に提起され、それから一定期間、公に語られなくなった「上海を国際金融センターにする」という点が今後どう推移していくのか、香港との関係性や棲み分けはどうなるのかに注目しています。
外資系金融機関に関する提起も
「決定」は、「参入前の内国民待遇※とネガティブリストに関する管理モデルを改善し、条件に見合った外資機構が金融業務の試験的拠点に参加することを支持する」、「金融市場の相互連結を穏健かつ慎重に開拓し、適格海外機関投資家制度を最適化する」、「自主的で制御可能なクロスボーダー支払いシステムの建設を推進する」などと提起しています。
(※筆者注:投資参入の段階において、外国投資者およびそれによる投資に関し、中国の投資者およびそれによる投資を下回らない待遇を与えること)
これらの文言だけでは確定的なことは言えませんが、中国の金融市場が外資系金融機関や海外の投資家に対して開く門戸が徐々にでも大きくなっていくという趨勢(すうせい)を見て取ることはできます。
また、「開放的条件下における金融安全メカニズムの強化」、「全国統一的な外債管理監督システムの構築」といった文言は、金融市場を開放していくにしても、安全性という観点からそのプロセスに対する管理監督を決して怠ってはならないという習近平政権独特のスタンスを垣間見ることができます。
最後に、「国際金融ガバナンスに積極的に参加する」という課題提起は、金融市場を国家安全の観点から認識し、監視や監督を強化しつつも、国境の外側におけるガバナンスには前のめりにコミットすることで、ルールメイキングを含めた対外影響力を強化していきたいという政治的意思を感じさせます。これもまた、習近平政権の特徴や目標を如実に体現していると言えるでしょう。
総じて、今回の三中全会がうたった「金融体制改革の深化」には、複合的な意味における「攻め」と「守り」が交錯しているように見受けられました。これらがマーケットの動向にどう影響してくるか。中国株の活性化につながるのかどうか。注意深く見ていきたいと思います。