改めて考える、中国現地視察の意義

 昨年頭、中国で約3年間続いた、新型コロナウイルスの感染拡大を徹底的に封じ込める「ゼロコロナ」策が実質解除されました。そんな昨年、私は約3年半ぶりに中国本土に向かい、6月、10月と現地で情勢の観察に努めました。

 6月に実感したのは、「ゼロコロナ」の影響は予想以上に大きく、企業家、消費者、労働者を含め、非常に困窮、疲弊していたということ。中国の大地で、「景気の回復、経済の正常化はそんな簡単ではないな」と想像していたのを思い出します。

 10月に実感したのは、「ゼロコロナ」が残した後遺症は徐々に緩和されてきているけれども、それでも景気回復への道のりは一筋縄ではないということ。実際、この期間、8月には若年層を含めた年齢別の失業率発表が突然停止され、経済はデフレ基調へと突入し、不動産市場は低迷の一途をたどりました。

 そして今回、1年に1回の全国人民代表大会(全人代、3月5日~11日)閉幕後の3月中旬、定点観測、現地視察の一環として、中国本土へ行ってきました。数日間、上海のみの滞在でしたが、可能な限り、経済の現場を見て、現地の人々(政府、民間、専門家、一般人など)と交流することを心がけました。市の中心地にある公園を毎朝ランニングし、公園という公共の場から見える民意を読み取るべく、走りながら考えました。

 改めて思ったのは、やはり、中国という客体こそ、現地視察が重要なんだということです。

 なぜ「こそ」と言うのかというと、中国という、14億の人口を抱え、社会主義市場経済という「変則的」な発展モデルを持ち、かつ習近平政権という「異例づくし」の政治体制下において、画面を通じて知る統計と、肉眼で見えてくる実態の間では、往々にして乖離(かいり)現象が発生するからです(一致するときも当然ある)。

 例えば、中国における失業率というのは(1)調査ベース、(2)農村を除くという条件付きであるため、それはチャイナスタンダードであり、実態は統計を上回るのは間違いありません。 

 一方で中国の、特に大都市ではない中級都市や内陸、農村部で朝の通勤時間の駅付近や公園周辺を眺めていると、豆乳、マントウ、中国式のお好み焼きのような朝ごはんが、以前は現金、最近では電子決済で、ものすごいスピードかつ大量に売買されている光景がいたるところで肉眼に飛び込んできます。

 ただそこでふと思うのは、この経済活動って間違いなく統計にカウントされていないな、というものです。買っている方は消費税をどこまで払っているのか定かではなく(そもそも税率を知らない可能性が高い)、売っている方も領収書、レシートなんて発行しない、「支払われた金額=売上」です。

 長くなりましたが、私がここで指摘したかったのは、統計に反映されているものだけで中国経済、景気の良しあしを判断するのは危険だということで、だからこそ、可能な限り、安全第一を前提に、現場に足を運ぶことが大事だということです。

主要経済統計が発表。不動産は依然低迷、若年層失業率も迷走

 3月18日、中国の国家統計局が1~2月の主要経済統計を発表しました。1~2月と一括りにして発表した背景には、春節で一定程度好転した2月を含めることで、数字の見栄えがよくなるからでしょう。

 まず注目される工業生産と個人消費を見てみましょう。

 1~2月、鉱工業生産は前年同期比7.0%増で、2023年12月の6.8%増から伸び率は加速、市場予測の5.0%増も上回りました。一方、小売売上高は5.5%増で12月の7.4%増から伸び率は鈍化、市場予想の5.2%増は上回った形です。また、固定資産投資は4.2%増で、2023年通年の3.0%増を超え、市場予想の3.2%増も上回りました。

 三ついずれの数値も市場予想を上回ったのは、政情や政府関係者にとって「とりあえずの安心材料」にはなるでしょうが、これはヒト、モノ、カネの動きが一時的に加速、集中する春節期間を加味しているものであり、この「勢い」がどこまで続くかに関しては、まだまだ予断を許しません。

 昨年以降、デフレ基調だった中国経済。CPI(消費者物価指数)を見ると、今年1月は0.8%下落と歴史的に低迷しましたが、2月は転じて0.7%と上昇。中国政府は今年「インフレターゲット」を昨年、おととし同様3.0%に設定していますが、どこまで目標に近づけるか。

 物価と同様、それ以上に低迷感が懸念されてきた不動産市場は、出口の見えない迷路に入り込んでしまっている様相が続いています。1~2月、不動産開発投資は前年同期比9.0%減。前述した固定資産投資も、不動産を含めなければ8.9%増でしたから、不動産が経済の足を引っ張っているのは明白です。また、新築住宅の販売面積は前年同期比24.8%減、販売額は32.7%減となり、低迷感、停滞感は増すばかりです。

 最後に、昨年下半期以来物議を醸してきた若年層の失業率ですが、今年1月、国家統計局が統計方法を変えて、「若年層」を、16~24歳、かつ在校生を含まないという前提で発表を再開しました。それによると、昨年12月は14.9%、今年1月は14.6%となっています。ただ、私が注目したのは、他の統計と同様、1~2月は5.3%、2月は5.3%と調査失業率が発表されたにもかかわらず、年齢別の失業率は同日発表が控えられた事実です。

(経験則に基づいた)感覚的な話になってしまいますが、中国政府は依然として、国内外で物議を醸してきた「若年層の失業率」という指標に注目が集まるのを警戒し、できる限りカモフラージュしようとしているように見受けられます。

 中国経済は依然として「迷走」している、という昨年来の基本的見解は、現在に至るまで変わりません。中国経済を巡る「突破口」を見いだすのは容易ではない、という思いを新たにしています。

「中国経済の将来はまったく楽観的じゃない」

 今回の中国出張でも、中国経済を巡る基本的見解を覆すには至りませんでしたし、むしろ、危機感を一層強める結果となりました。

 今回現地で交流した中で、最も示唆(しさ)に富んだ見方を共有してくれたのが、中国官製メディアに勤務する旧知の経済記者です。彼に中国経済の現状と展望を聞くと、「全く楽観的ではない」(中国語で「非常不楽観」)という強い言葉が返ってきました。

 彼は「3年続いたゼロコロナの傷跡」を指摘しつつ、特に、中小、民間企業が直面する難局について語っていました。原材料などの調達コストが上昇する中、需要不足が続く中、買い手からの注文が減り、リストラを余儀なくされていると言います。

「経済はデフレ基調にあるけれども、ほとんどの国民は、物価は上昇していると感じている。しかも、収入が減っている国民も多い」

 そんな中、大都市、中級都市を含めて、消費者、労働者たちは、「将来に対する不安」を拭えず、投資でも消費でもなく貯蓄に走っている、というのが現状だと彼は指摘。私もその通りだと思います。

 低迷する不動産、株式市場は投資対象にはならないのでしょう。今回上海市内で複数の銀行に足を運びましたが、一時は勢いを見せた「理財商品」(投資信託の一種)の4文字を行内で目にすることはありませんでした。

 そして、ロシア・ウクライナ、イスラエル・パレスチナで戦争が続く中、自分たちも、台湾問題をきっかけに戦争に巻き込まれるのではないか、その時、経済は、生活はどうなってしまうのか。そんな危機感も、中国人の将来に対する不安、投資でも消費でもなく、貯蓄に走ろうとする行為を助長しているように見受けられた今回の中国出張でした。