春節前に中国株式市場を襲った混乱

 本連載が分析の対象とする中国は現在春節(旧正月)休暇の真っただ中にあります。中国には「春運」(チュンユン)という言葉があり、春節休みを跨いだ、あるいは挟んだ40日間を指します。この春節休み期間中、今年は昨年の約2倍、史上最高となるのべ90億人が移動すると見込まれています。中国の人々は一年で最も重要な春節において、自家用車、飛行機、鉄道、バスなどで移動するだけでなく、帰省する過程で親族や知人と集まったり、家具を買い替えたり、贈り物を送ったり、住宅をリフォームしたりと、とにかくお金を使い、みんなの前で面子を保とうとする光景を、私自身過去幾度となく目撃してきました。

 そんな春節期間中に期待されるのは言うまでもなく個人消費であり、昨年5.2%増とGDP(国内総生産)実質成長率が政府目標(5.0%前後)を上回ったとはいえ、不動産、投資、貿易といった分野の統計は低迷しています。また、直近2024年1月のCPI(消費者物価指数)は4カ月連続のマイナスで0.8ポイント下落、かつその下落率は2009年9月以来14年4カ月ぶりの大きさとなりました。

 そして、直近でマーケットを騒がせたのは何といっても中国株式市場の混乱でしょう。上海株式市場の株価指数は2月5日の取引時間中に一時、2,635ポイント台をつけ、2019年2月以来、約5年ぶりの安値となりました。2015年6月、同指数が5,000ポイントに到達(その後大暴落。「チャイナショック」と呼ばれる)していたころに比べると、株価は約半分まで落ちてきています。

 中国株のパフォーマンスは、米国株や日本株が盛り上がっているのとは対照的であり、マーケット関係者に中国市場の「異質性」を痛感させていると言わざるを得ません。その後、上海総合指数は2,865ポイントくらいまで回復しましたが、依然として3,000ポイントを下回っている状況であり、先行きは不透明ですし、この低迷する株価は、中国経済への不信と不安を如実に反映していると言わざるを得ません。

証券管理監督委員会トップ「突然の交代」が意味すること

 中国当局も指をくわえて静観しているわけではありません。2月に入り、管轄当局である中国証券管理監督委員会は、上場企業の投資価値を向上させる、上場企業間のM&A(買収や合併)を促す、空売りを取り締まる、株式転貸を禁止するといった市場の安定化を促すための措置を前代未聞にさみだれ式に打ち出しました。

 そして、極め付きは2月7日、同委員会のトップである主席が易会満氏から呉清氏へと突然交代したことです。共産党指導部、および同委員会は交代の理由や背景について一切公開していませんが、日本メディアを含め、市場や世論では、直近の株価暴落の責任を取らせるべく、易氏を「更迭」したというのが大方の見方であるようです。

 私も「更迭」という概念を否定しません。むしろ、最高指導者である習近平(シー・ジンピン)総書記やその側近たちが、株価暴落が中国経済の信用を損ねていると判断し、この問題を重く受け止めている、何らかの対応措置を取るというメッセージを国内外に発信しようとするからこその交代だと見るべきでしょう。昨年、就任から一年未満で解任された秦剛外相、李尚福国防相を巡る事件にも表れていますが、3期目入りした習近平政権は、閣僚級や次官級を含め、高級幹部に見切りをつけるのが速いという印象を受けます。それが吉と出るか凶と出るかは状況、分野次第と言えるでしょう。

 一方で、私が把握する限り、易会満氏の同委員会主席退任は、突然変異的に起こったわけでは必ずしもありません。1992年に設立された中国証券管理監督委員会では、易氏に至るまで計9人が主席を務めてきました。そこには中国人民銀行の周小川元総裁なども含まれます。その9人の任期を調べてみましたが、易氏は5年1カ月で、歴代3番目に長いのです(周氏は2年10カ月)。しかも、昨年ごろから、易氏はそろそろ退任、代わりは呉清氏だろうといううわさが関連業界でも流れていました。

 それがこのタイミングとなった背景には、疑いなく昨今の株式市場の混乱が作用しているでしょう。「変えるなら今しかない」という判断を党指導部が下したのだと思います。そして、この呉氏ですが、直前まで上海市共産党委員会副書記を務めていました。上海市政府に赴任する2010年以前は、まさに中国証券管理監督委員会で主にリスク処理、市場の安定化、ブローカー監督といった分野で要職を歴任してきました。「ブローカー殺し」と称されるゆえんでもあります。

 実は、呉氏を含めた歴代10人の同委員会主席では、初めての証券出身者(他のほとんどは銀行)であり、しかも昨今の株式市場の混乱を収め、安定化を図るという政治的ミッションが呉氏には委ねられたと言えるでしょう。

 中国株式市場の成長という観点からすれば、呉氏は疑いなく「オフェンス」(攻め)ではなく、「ディフェンス」(守り)のプロであり、その意味で言えば、習近平政権の意思として、株式市場を前にまず率先して取り組むべきは市場の安定化、言い換えれば、取り締まりの強化であり、「成長」は後回しで、まずは「改革」という名の整理整頓を進めていこう、そのための主席人事交代劇だったと振り返ることができます。

 昨今で言えば、スパイなどを取り締まる国家安全部が、中国の国内外で中国経済の衰退を論じたり、あおったりする言説を「国家安全に危害を加える犯罪行為」として厳しく取り締まる姿勢を前面に押し出しています。

「国家安全が経済活動に優先される」

 これこそが習近平氏の経済観であり、昨今の株式市場の混乱への対処法、人事の調整を含め、「成長」よりも「安定」、「繁栄」よりも「安全」、「市場」よりも「政治」が優先される局面が敷かれていると言わざるを得ません。

 もちろん、政治の安定、国家の安全は中国だけでなく、日本を含めた各国にとって重要でしょう。問題は、本来であれば市場の原理で運営され、政治や権力による介入や干渉は極めて慎重になされるべき分野が、政治の論理、為政者の意思によって翻弄(ほんろう)されてしまうことにほかなりません。

 今回の「改革」をへて、中国株式市場はどこへ向かうのか。私たちにとっても他人事ではなく、引き続き注目していきたいと思います。

中国が株式市場を盛り上げるために必要な3つのこと

 本稿の最後に、中国の株式市場が健全に盛り上がっていくために私自身が必要だと考えることを簡単に記しておきます。

(1)景気の「好循環」を推し進めること

 何はともあれ、昨今の株式市場の低迷を巡る最大の原因は、中国国内、海外の市場関係者が中国経済に対して自信や期待を持てないことにあると思います。 

 まずは景気の「好循環」を促すような政策が打たれ、そういう局面が形成されることが最も重要でしょうし、春節休みがその起爆剤になるかどうか見ていきたいと思います。
 

(2)中国人民のマインドセットが変わること

 中国において、40%の投資は不動産関連であり、中国人民の資産の60%が不動産市場に投入されているといわれています。経済も資産運用も極端な不動産依存と言えますが、中国人民が不動産以外に、例えば株式市場に活路を見いだし、株式への投資を通じて資産運用を多角化しよう、健全にしようという機運が醸成されるかどうか。

 国や政府としても、株式市場への投資を通じた資産運用を、コロナ禍明けの今だからこそ推奨すべきだと思います。
 

(3)習近平氏自身が言動をもって伝えること

 チャイナウオッチャーの間では「習近平不況」という言葉が出回っています。要するに、どれだけ金融緩和や財政出動をしても、人事交代を行っても、不動産市場を盛り上げるような策を打ったとしても、最高指導者である習近平氏自身が経済成長、株式市場、民間企業などを軽視したり、それらをつぶすような発言や政策を繰り返しているようでは、効果は限定的である、という指摘です。

「Everything is XI」というセンテンスにも表れているように、昨今の中国情勢は良くも悪くも習近平氏次第という側面は大いにあろうかと思います。例えば、習氏自身が次のような発言を重要会議の場で行ったらどうでしょうか。
 

「株式市場は中国経済にとって決定的に重要である。米国や欧州を含め、先進国の経済は株価で判断される。中国としても、株価を上げるためにできることは何でもする」
 

 少なくともマーケットはポジティブに受け止め、中国経済への自信や期待も膨らむのではないでしょうか。