1月13日に台湾で総統&立法委員のダブル選挙が開催
2024年は「選挙イヤー」です。「政治の年」とも言えるでしょう。
米国、ロシア、インド、韓国(日本はどうなるか…)などで選挙が行われる予定ですが、そのトップバッターとして、今週土曜日、1月13日にお隣の台湾で選挙が開催されます。
4年に1度、しかも総統と立法委員(日本の国会議員に相当)を同時に選ぶダブル選挙ということで、その重要性は倍増すると言えます。
中国とは距離を置き、「独立志向」があるとされる現与党・民進党からは頼清徳氏、中国との対話を重視する傾向のある野党第一党・国民党からは侯友宜氏、第三の党として近年台頭、「米中の架け橋」をうたう民衆党からは柯文哲氏が、それぞれ副大統領候補を連れ添う形で総統選に臨みます。
選挙の動向を占う上で重要なのが、各メディアが発表する世論調査ですが、こちらは1月3日をもって発表が禁止。その直前までの各社の調査結果をふかんすると、全ての調査で民進党がトップ、2位の国民党に3~10%程度の差をつけています。
世論調査結果からは、民進党の頼氏が勝利する可能性が高いという予測が立てられますが、選挙は水物ですし、この程度の差であれば、最後の最後まで拮抗(きっこう)するでしょう。少なくとも、2020年の前回選挙のような大差(民進党の蔡英文氏が57.1%、国民党の韓国瑜氏が38.6%の得票率で前者が大勝)はつかないでしょう。選挙当日まで何が起こるか分からないと見るべきです。
総統選と同時に行われる立法委員選挙も重要です。立法院と呼ばれる台湾の議会は一院制で、定員113人、任期4年。毎回の選挙で全ての議員が改選されます。現在、立法院においては民進党が過半数を有していますが、今回の選挙では、民進党は議会選挙で苦戦するのではないか、過半数の獲得は難しいのではないかと目されています。仮に、民進党から総統が選出されたとして、議会で過半数を取れない、あるいは議席数で国民党に劣るようであれば、行政府と立法府の間でいわゆる「ねじれ」が生じることになり、法案の可決を含め政権運営に支障をきたすのが必至。
要するに、今回の台湾選挙を巡っては総統だけでなく立法委員を巡る戦況も注視する必要があるということです。
今回の台湾選挙はなぜ重要なのか
今回の台湾選挙はなぜ重要なのか。私は大きく分けて3つ理由があると思っています。
1つ目が、台湾の人々のアイデンティティー、台湾社会の本質を左右し得る、分水嶺としての意味合いを持つ選挙になるからです。台湾では1996年に初の直接選挙が実施され、国民党の李登輝氏が総統に選出されました。その後、民進党の陳水扁氏、国民党の馬英九氏、そして現総統である民進党の蔡英文氏が、2期8年ずつ政権運営を担ってきました。民主主義下における台湾政治において、政権交代が慣例化してきたということです。
この慣例からすれば、今回は国民党になるはずですが、実際のところ、世論調査では民進党がリードしていますし、私自身、選挙直前の現在に至っても、民進党が若干優勢だと考えています。仮にこのまま民進党が勝てば、従来の慣例を破り、民進党が続けて「3期目」に突入することになります。
その背景には、「台湾は台湾、中国ではない」、「私たちは台湾人であって中国人ではない」という「台湾人アイデンティティー」が前代未聞に根付き、台湾社会に浸透する中で、中国と距離を置く民進党政権の続投につながっているという構造が見いだせるということです。
単体イベントとしてではなく、アイデンティティーや社会構造を巡る「真実」を反映する産物として、今回の選挙が重要だと考えるゆえんです。
2つ目が、米中対立という世紀の地政学的情勢が顕在化する中で迎える選挙であるという点です。私は日ごろから「米中対立なき台湾有事はない」と指摘しています。日本にも直接的に影響する見込みが高い「台湾有事」は、米国と中国の間の攻防無くしては考えられません。米中が相互不信に陥り、互いに挑発する局面が頻繁になればなるほど、「有事」が緊迫化する確率は上がっていきます。
知人の台湾政府関係者が「台湾の選挙は言ってみれば米中の代理戦争だ」と嘆いていましたが、選挙を含めて、台湾問題には常に米中関係が付きまとう、状況次第では、台湾の人々は自らの未来を自ら選択できない可能性だって大いにあるのです。
3つ目が、3期目入りした習近平(シー・ジンピン)国家主席率いる中国の行動を読む上で極めて重要だという点です。近年、台湾海峡、東シナ海、南シナ海などにおける中国の拡張的な軍事行動、海洋政策が物議を醸してきました。中国は「中国の夢」だけでなく、「中国軍事強国への夢」(拙書「中国『軍事強国』への夢」文春新書ご参照)も掲げています。
中国が敵視する民進党政権続投となった場合、中国は台湾に対してどう出るのか。軍事的圧力を強化するのは必至でしょう。中国が対話できると考えてきた国民党に政権が返り咲いた場合、中国はどう出るのか。台湾に対して融和的な政策を打ち出していくのか。仮に政権を獲った国民党が、中国側が望むような歩み寄りを見せない場合、その時はどう出るのか…
これらを判断する上で、今回の台湾選挙が極めて重要なバロメーターになるということです。
今回の台湾選挙がマーケットに与える影響
私は中国研究を生業(なりわい)としていますが、近年、最も質問されることの多い質問が、「習近平国家主席は台湾をいつ、どうしようとしているのか?」であり、質問者の活動地で最も多いのがウォール街です。世界最大の金融街であるウォール街では、「中国は台湾にいつ侵攻するのか?」「その時マーケットはどれだけの影響を受けるか?」を常に分析しているようです。
そして、今回の台湾選挙を通じて、ウォール街で生き抜こうとする金融マンたちのボルテージはマックスに上がっていると言えるでしょう。
「仮に中国が台湾を侵攻すれば、ウォール街なんて一瞬にして吹っ飛ぶ」
「台湾侵攻のインパクトはリーマンショックどころではない」
こういった懸念の声が日々私の耳にも入ってきています。感情的になり過ぎている、誇張していると感じることも多々ありますが、「台湾有事」がマーケットに影響を与えるのは確かですし、綿密に分析していく必要があるのは言うまでもありません。
その意味で言うと、今回の台湾選挙で民進党が勝てば、中国からの軍事的、政治的、経済的、外交的圧力が断続的に強化されるのは必至であり、マーケットはそれらの動きをネガティブに捉えるでしょう。行政府と立法府に「ねじれ」が生じた場合、マーケットはいったん様子を見るでしょうが(wait and see)、不確実性が増すという意味で、台湾問題をリスク要因と捉えるでしょう。
仮に国民党が勝って、中国が融和的なメッセージを台湾に対して発したとして、台湾海峡における緊張度が和らいだとして、マーケットは一時的に台湾情勢をポジティブに捉える公算が高いです。ただ、私が見る限り、昨今の国民党は馬英九総統時代の国民党ではありません。国民党とはいえ、台湾の主権国家としての地位を強調し、台湾人アイデンティティーに寄り添わなければ生き残っていけないと捉えています。国民党政権下であっても、中国との関係がこう着する、言い換えれば、台湾海峡が緊張する可能性は大いにあるということです。
総じて、今回の台湾選挙がどういう結果になろうとも、台湾問題は2024年を通じて、マーケットが注意、警戒すべき地政学リスク要因であり続けるというのが私の見方です。