ビザと投資

 2023年も残り1カ月になろうとしています。今年の中国情勢、中国問題を考える上で不可欠なのは、新型コロナウイルスの感染拡大を徹底的に封じ込めるために採用され、約3年続いた「ゼロコロナ」政策が解除されたことでしょう。経済活動や国民生活が徐々に正常化し、国がリオープンする中で、中国経済は復活するのか否か、が一つの重大テーマでした。

 中国のリオープン、すなわち出入国の正常化を巡って、特に中国に頻繁に出張するビジネスマンが気にするのがビザ問題でしょう。コロナ禍前、日本人が中国にビジネス出張、会議出席、観光などを目的に、15日以内の短期滞在をする場合はビザが免除されていました。このビザ免除措置を享受していたのは日本、シンガポール、ブルネイの国籍を持つ人間に限られていました。実際、ビザ免除措置を受けるか受けないかで、中国へビジネス出張に行こう、中国に投資すべく現地に視察に行こうといったインセンティブに相当な差が出ると思います。

 要するに、人間の動機や行動に直結するビザと投資は密接に関係しているのです。

 コロナ禍において、このビザ免除措置は一時停止し、中国渡航にはビザが必須になり、かつビザ発給の対象者もかなり限定されていました(1~3週間の完全隔離があったため、そもそも短期出張を断念する人がほとんどだったでしょう)。

「ゼロコロナ」政策が解除され、ビザ発給は徐々に正常化していきます。一方、私も今年6月に中国に出張する際、渡航ビザを申請しましたが、かなり面倒くさかったというのが実感です。まずオンライン上で詳細な申請書を記入し、中国ビザセンターの窓口で関連書類を提出するための事前予約をする。この事前予約もシステム化されていて、私の場合は、3週間先の枠しか空いていませんでした。中国渡航のスケジュールも後ろ倒しにせざるを得ませんでした。

 東京では有明にありますが(これも都心からは結構遠く、時間がかかる)、センター到着後も、入り口で番号を受け取ってから、長蛇の列に並び、自分の番になり、提出が終了するまで3時間ほどかかりました。申請が窓口で受理されれば、5営業日でビザを取得することが確約されますが、受け取りも同地・同センターにピックアップに来なければなりません(私はエージェントや代理人を立てず、自分で全て行いました)。ピックアップ時にも番号を取り、最終的にビザ申請代を支払い、受け取るまでに2時間以上を要しました。

 このように、中国渡航ビザの取得はかなり煩雑でしたが、直近、一つのグッドニュースは、11月20日から、前述した事前予約が廃止されたこと。オンライン上で申請書を記入し、それを印刷して関連書類とともにビザセンターに直接行けばよくなりました。この緩和措置によって、中国渡航ビザ取得にかかる時間的コストは相当程度短縮されたと言えますし、それなら中国に行ってもいいかなと考えるビジネスマンも増えるのではないでしょうか。

中国政府による直近のビザ免除措置に日本含まれず

 中国政府は7月、シンガポールとブルネイ国民に対する15日以内の短期滞在ビザ免除措置を再開しましたが、日本だけ含まれていませんでした。この期間、中国とビジネスをしている知人たちの間では、「対日本人ビザ免除はいつ再開されるのか?」と話題になっていました。繰り返しますが、ビザが免除か否かによって、中国への渡航欲、投資欲には確かな変化が生じるからです。私自身にとっても無論同様です。

 そして11月24日、中国外交部が新たに6カ国の国民を対象に、15日以内の短期滞在者に対するビザ免除措置を発表しました。その6カ国とは、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スペイン、マレーシア。ビザ免除の期間は12月1日から1年間です。

 このニュースを聞いた私の知人たちは2つの意味でショックを隠せなかったようです。

 1つは、コロナ禍前に同じくビザ免除を享受していたシンガポールとブルネイの国民に対しては再開しているのに、日本だけ停止されたままなこと。

 もう1つは、コロナ禍前にはビザ免除が適用されていなかった6カ国の国民に対して新規でビザ免除措置が取られたにもかかわらず、日本はリストインされなかったこと。

 正直、「なんで日本はまだなの?」と首をかしげるビジネスマンは少なくないでしょう。中国と近く、経済関係やビジネス往来が密接な日本に対してなぜ再開しないのかと。

 今回対象となった6カ国に、中国が伝統的、政治的、イデオロギーに「友好国」と見なす国(例えば北朝鮮、キューバ、ラオスなど)ではなく、ドイツ、イタリアを含めて西側の経済大国も含まれている事実を鑑みれば、なおさら日本は含まれないのはなぜか?という疑問を抱くでしょう。

日本人の中国渡航ビザが再開されない理由

 ここからは、なぜ日本国民へのビザ免除措置が再開されないのかを考えていきたいと思います。

 10月に中国に出張した際、複数の中国政府関係者が次のように語っていました。

「中国政府は日本人へのビザ免除再開を検討している。来月のAPEC(アジア太平洋経済協力)で予定される日中首脳会談、およびその前後における日本の対中政策の変化を見ながら時期を見定めるだろう」

 私も全く同様の考えを持っていました。要するに、中国と地理的に近いかどうか、経済関係がどれだけ密接か、過去にどれだけの直接投資をしてきたかではなく、特に中国が気にする分野における、日本の外交政策を根拠に、日本国民へのビザ免除再開を判断するということです。ここでいう外交政策には、台湾問題を巡る日本のスタンス、半導体の対中輸出規制の動向などが含まれるでしょう。

 外交というのはギブアンドテイクの世界です。日中双方の外交官は国を背負って相手国と交渉するわけであり、どちらか一方が妥協するなんてことはあり得ません。日本政府は中国政府に対して自国民に対するビザ免除再開を求めています。当然そうすべきでしょう。

 一方、中国側がそれをどう受け止めるかは別問題です。再開してくれといって「はい、わかりました」と応じることはあり得ないのです。「わかった。そちらは何をしてくれるのか?」と返されるのが通常であり、仮に「こちらから与えるものは何もない」では交渉は成立しないでしょう。

 私がここで指摘したいのは、日本政府は中国政府に妥協すべきとかではなく、日本の多方面に及ぶ、数ある国益に優先順位を付けて、それを達成するために、中国側と交渉できるカードを複数用意しておく必要があるということです。それらのカード無くして外交交渉はあり得ないですし、中国側が日本側の要望に応じることもない。3期目入りした習近平(シー・ジンピン)政権下で大国化、強国化を掲げる中国はますます安易に応じなくなっているからなおさらです。

 もちろん、私の指摘など日本の外交官は百も承知でしょうし、「そんな簡単に言うな」とおしかりを受けるでしょう。ここで私が指摘したいもう一つの点は、本稿で引用したビジネスマンや投資家の知人を含め、私たちが身近に関心を持ち、期待を抱くビザ免除の再開問題の背後には、日中間の複雑な外交関係があり、ますます自国の利益や尊厳を主張するようになっている中国の実態があり、そして日本の対中政策が必然的に影響を受ける米中対立という構造があるということです。

 要するに、私たちは、投資を含めた自らの行動を判断、決定する際に、日本が直面するマクロ、地政学情勢を的確に理解する必要に迫られているということです。