『落語で資本論 世知辛い資本主義社会のいなし方』という一冊に出会ったときは、正直「???」という感想でした。落語も資本論も言葉としては知っていますが、共通点がまったくない…。いったいこれはなんの本だ? と読み始めたところ、軽妙な落語と資本論がぐいぐい近づき「へぇ…」が「ほぉ…」に。そして「うーん…面白い」にたどり着きました。

 著者は立川流真打ち、立川談慶さん。慶應義塾大学卒業後、ワコールに入社、吉本興業のNSC福岡校第一期生、そして立川談志の18番目の弟子として入門し、落語家になったという異色の落語家です。

 さて、談慶さん、この世知辛ぇ世の中、どう「生き」ていくのが「粋」なんですかねぇ?

立川談慶(たてかわだんけい)さん
落語家。立川流真打ち。1965年長野県上田市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ワコールで3年間勤務した後、1991年に立川一門に入門。7代立川談志の18番目の弟子となる。9年半の前座を経て2000年に二つ目昇進、2005年、真打ちに昇進。

落語とマルクス、意外な共通点

トウシル:落語と資本論、全く関係ないなと思っていたのですが、著書を読み進むと、現代社会に警鐘を鳴らしている落語、次世代を見通していたんじゃないかと思う落語などがたくさん出てきて、とても楽しめました!

談慶さん:それはよかった! 僕は大学で経済学部にいて、3年生で初めて『資本論』を読んだのですが、何言ってんだかまったく分からなくて撤退したんです(笑)。今回はそのリベンジということで、原典や資料本を読み漁って、自分なりに得るものがありました。注釈を入れてくださった、マルクス研究者の的場昭弘先生にも本当に助けられました。

トウシル:あ、でもけっこう「それはちがうと思う」みたいなツッコミも遠慮なく入ってましたよね(笑)。

談慶さん:はい。そこはもう忖度(そんたく)ナシに、まったくブレずに正しい注釈をバンバン入れてくださって、それがかえってよかったんです。先生がいてくださったから、僕は、ああじゃないか、こうじゃないかって思う存分、自分が思うところを落語とつなげて書いていくことができました。

トウシル:私が著書の中で一番「ウッ」と思ったのは「労働力が金になる」というくだりでした。普段はそういうことを思わずに仕事してるんですが「我々は労働を搾取されているんだ」と改めて気づくと、メンタルにグッとくるものがありました。

談慶さん:でしょう? 僕もこの本を書きながら「資本主義というのは、労働者の労働が商品となっているんだ、つまり知らず知らずのうちに搾取されているんだ」、という現実に、もっと気付くべきなんじゃないかと思って書いていました。

構想6年、コロナ禍で時間が止まったとき、一気に執筆が加速したという談慶さん。「コロナ禍も、カネ至上主義になってるといつか痛い目に遭うよ」というアラートだったように思うんですよね。あの期間に、いろんなことに気が付いた人、多かったんじゃないですか?」

搾取される側にいつづけるな、という警鐘

トウシル:著書の中に、たくさんの落語が例として出てくるのですが、私が一番印象に残っているのは、『ねずみ穴』という噺です。

談慶さん:あれはよくできた噺ですよね。結局、労働者の賃金は、基本的に労働力の「再生産費」でしかない、ということに気付かされる話です。今日働いた分の賃金は、食べて寝て、また明日働くだけのために消化されてしまう。

 つまり、富は自分の中でくるくる回ってるだけで増えない。人に使われるままだと、人生、搾取される側からは抜け出せないよと、まさにマルクスが言ってることまんまです。

【ねずみ穴】

 父の遺産を相続した兄弟。兄はそれを元手に商売をし大成功、弟は遊びで使い果たしてしまう。文無しになり、兄を頼って江戸に出てきた弟・竹次郎は、兄の店で働かせてくれと談判。しかし兄はたった三文(現在で100円程度)を渡し、「人に使われるのはつまらねえ。元手を出すから自分で商売をやってみろ」と突き放す。

 奮起した竹次郎は命がけで商売に精を出し、10年かけて立派な商人に成長。借りた三文を返しに来た竹次郎に、兄は「多めにカネを出したらお前はきっと飲んでしまうだろうと思って、あえて三文だけしか渡さなかった。お前はよく精進したな」とねぎらう。兄の真意を知った竹次郎は号泣し、二人は酒を酌み交わすのだが…。

トウシル:「自分で商売やってみろ」って、アレを言える社長、なかなかいませんよね(笑)。

談慶さん:いないね(笑)。だって言ったら自分が搾取してる側だってことがバレちゃうでしょ。

 労働者が働く「労働時間」のうちで、資本家に搾取されている部分を「剰余労働(じょうよろうどう)」っていうんですが、労働者はもっと自分が働いた分の金をもらっていいはずなんです。剰余労働の存在に気付いちゃったら、働くのってなかなかツライですよ。

 兄も人物だけど、それに見事に応えた竹次郎が偉かった。ちゃんと気づいて、自分が富を生み出す側に回れたのがよかった。

トウシル:そういうことに我々ももっと気付かないといけないですよね。

談慶さん:そうなんです。資本論に書いてあることって、マルクスが160年も前に暴いた資本主義のシステムエラーなんですよ。

 そういうことに気付くと、会社との距離の取り方が変わってくると思います。一生懸命働くけど、会社に取り込まれ過ぎないエリアから、自分を見つめなおすことができるようになると思います。

著書の中には「7代立川談志師匠」との逸話もたっぷり。「そりゃー難しい師匠でした。前座を9年半やったからこそ見えてきたことの集大成が今回の本でした」

カネの亡者になるな!という江戸の粋は現代にも必要

トウシル:この落語は、江戸時代に作られた落語なんですよね。江戸時代って今よりもっと自由だったということですか?

談慶さん:自由というより、もっとストレスフルな社会だったと思っています。寒さと飢餓に常に脅かされていた時代です。そんな過酷な環境下にもかかわらず、「ゼニカネの亡者になったらオシマイだよ」と資本主義に飲み込まれないように、と警鐘を鳴らすような話がたくさん残っているのがスゴイですよね。

 僕は落語って実はすごく未来志向なんじゃないかと思っていて。江戸の人たちは、今みたいに資本主義に飲み込まれてしまう時代を予感していて、そうならないように警告を残してくれてたんじゃないかと思ったりもします。

トウシル:著書に出てくる『三方一両損』は、まさに世の中、ゼニカネじゃない、といういい噺でした。

談慶さん:はい。「カネの亡者になって何が楽しいんだ」ってことをまさに体現してますよね。「ゼニカネに目の色を変えるんじゃなく、こういう気概を持ち合わせていようよ」と江戸の人たちにいわれている気がします。

 落語の中にはこういう「アラート」に近い噺がたくさんあって、今この時代に落語を聞くことで、「ちょっと待てよ、俺、カネの亡者になってないか? 人をモノみたいに扱ってないか?」と立ち止まるブレーキになってくれてる気がしますね。

【三方一両損】

 道端で三両の入った財布を拾った金太郎。財布の持ち主である吉五郎に返そうと家を訪れる。生粋の江戸っ子である吉五郎は「懐から飛び出したカネはもはや俺のもんじゃねぇ」と受け取りを拒否。同じく江戸っ子の金太郎も「そんなカネもらえるわけがねぇ」と大喧嘩に。

 名奉行・大岡越前は「どちらの言い分も正しい」と認めた上で、自ら一両を加えて四両とし、金太郎に二両、吉五郎に二両を分け与える。三両落とした吉五郎、三両拾った金太郎、自腹を切った大岡越前、全員が一両ずつ損する「痛み分け」で大団円に…。

談慶さん:資本主義って、資本家に対して、他に売るモノを持たない労働者が、自身の労働力を売る仕組みです。つまり、人間を「手段としてのモノ」として扱うという物象化が起こってるんですよね。人をモノとして扱うというのは自分にも相手にも本当によくない。その究極が「奴隷制度」です。我々はもっと危機感を持たなきゃならない。

トウシル:『千両みかん』(季節外れのミカンに千両の値段をつけて売る噺)や『孝行糖』(ただのあめに「これを食べると親孝行になる」という意味を持たせて大もうけする噺)みたいに、自分に対する付加価値をどんどんつけて、自分を高く売るのも、知恵をもってすればできないことではないですよね。

投資は、資本主義の悪サイクルから抜け出す手段の一つ

談慶さん:江戸時代、寛政異学の禁(かんせいいがくのきん)として、朱子学以外の学問を禁じるという学問統制を敷きました。朱子学って、「金もうけは汚い。えげつない」ということを徹底して教えた学問なんです。会社で働いているだけなのに、滅私奉公みたいになってしまう人が少なくないのは、この思想が今の時代にも根強く残っているからなのかもしれないですね。

トウシル:自分の労働力を提供して得た富を、自分の知恵や工夫で増やしていく、というのが投資の根本だとトウシルは思っていて、投資で、自力でお金を増やすことができれば、他人にただただ搾取され続けたり、お金がないことで何かをあきらめたりする人が減るのではと思っているんです。

日本を代表するマルクス研究者・哲学者である的場昭弘先生の鋭い視点「的場スコープ」も読みどころの一つ。「忖度ナシに、そこはちがう、それは間違ってる、とズバズバ斬られています。そこも楽しんでもらえればと(笑)」

談慶さん:まさにそれです。精神的にも金銭的にも、他人に搾取されずに自立できるかどうかってところが肝ですよね。そこができれば、軽自動車に乗っている人を見ても、シンプルに「ああ、この人は車にお金をかけない人なんだな」と思うだけで「こいつは貧乏だから軽自動車にしか乗れないんだ」とは思わない。人を値踏みしなくなると、もっと人と人との距離が近づくはずです。

トウシル:資本主義に支配され過ぎていると、つい値踏みする方向へ傾きがちかもしれませんね。

談慶さん:そうそう。「投資なんてあぶないよ」っていうイメージづけをされやすいけど、「そんな危険なことしなくても、おとなしくうちの会社で働いてたら適当に賃金あげるよ」っていう方向へ誘導されてしまうのは、それこそ悪い資本主義の思うツボです。

トウシル:はい。著書の読後に感じたことは「やっぱり自立って大事…」ということでした。

談慶さん:ほんとにそうですよね。『ねずみ穴』の兄弟は、お互い自立して、投資家としてふさわしい了見を持っていた二人です。

 落語にはそういう、資本主義のカラクリを暴くような噺がけっこうあるんです。マルクスの『資本論』をまじめに読むと疲れるんで(笑)、僕の本を読んだり、落語を聞いたりして、資本主義のカラクリにからめとられ過ぎないようにしてほしいですね。

出版記念イベントではトークショーや質問コーナーも

談慶さん:前作で『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか』という著書を書いたとき、「あれ、これはマルクスについて書けるかな」という手ごたえを感じました。構想6年でしたが、この本を書けて本当によかった!

トウシル:談慶さんは「春夏秋冬落語会」という落語会を年間通してやっておられるんですよね。8月25日(金)は出版記念落語会だそうですが、どんな会にしたいですか?

談慶さん:さきほどあげた『ねずみ穴』と『死神』という噺をやります。それぞれの話に『資本論』風の味付けを加えて、オリジナルのセリフなんかも入れながら、現代の人にももっとマルクスが言いたかったことが伝わるように演出するつもりです。的場先生にもお越しいただいて、トークショーや質問コーナーも設ける予定なので、ぜひ聞きに来てほしいですね。

トウシル:学ぶことが多い、楽しい会になりそうですね!

立川談慶・春夏秋冬落語会

夏:8月25日(金) お江戸上野広小路亭 開場18時、開演18時半

演目:『落語で資本論 世知辛い資本主義社会のいなし方』出版記念落語会

木戸銭:予約2,500円/当日3,000円

秋:11月24日(金) お江戸上野広小路亭 開場18時、開演18時半

演目:未定

木戸銭:未定

お問い合わせ・予約はこちらから

落語で資本論 世知辛い資本主義社会のいなし方

落語で資本論 世知辛い資本主義社会のいなし方』 立川 談慶、的場 昭弘/1,980円(税込)/ 日本実業出版社/2023年07月28日発売