これまでのあらすじ

 信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始めた。自分たち家族の人生に必要なお金について、話し合い始めた二人は、毎週金曜夜にマネー会議をすることに。投資信託に関する詳しい情報を得るために、理香は上司のマイケルに教えを乞うことにしたが…。

「そもそも投資信託は、イギリスで生まれた金融商品なんだよ」
と理香の上司、マイケルは言った。投資信託についての悩みを相談してきた、部下の理香に、投資歴の長いマイケルは、ランチの時間を利用して、即席の投資信託講座を始めた。

「アメリカじゃなくて、イギリスなんですね」

「そう。イギリスは金融のパイオニア的国家だよ。日本のNISAも、イギリスの[ISA]という制度をお手本にして作った制度だと聞いているよ」

 投資信託とは、不特定多数の人たちから集めた資金をまとめ、投資の専門家である運用会社が投資を行い運用する金融商品のこと。一人一人が出した金額は少額でも、集まれば大きな金額になる。運用が成功して利益が出たら、資金を出資した人々に、出した資金に応じた分配金を還元するというしくみだ。

 昨日、夫の信一郎の友人である工藤が、オンライン会議で教えてくれたしくみに、やっと納得がいった理香は、投資信託にさまざまな種類がある理由もなんとなくわかってきた。投資先をいろいろと工夫して、利益が出るようにプロが考えたぶんだけ、銘柄数があるということなのだろう。

 そして、投資先の国やエリアの景気が悪化すれば、プロの腕をもってしても、利益が出せず、買ったときより価格が下がることもある。株式投資のように一社に投資うるような銘柄は、自分の判断が誤っていればすぐに価格が下がり、損をしてしまうが、自分のような投資初心者は、プロの手を借りる投資信託から始めることになってよかったのかもしれない、と理香はしみじみ思った。

「イギリスではいつ頃、投資信託が生まれたんですか?」

「所説あるけど、19世紀ごろだという話だよ」

 19世紀ごろのイギリスでは、証券投資ができるのは、大富豪だけだったんだよ。とマイケルは続けた。

「だけど、19世紀に投資信託ができたことで、大金を持っていない中流家庭も、投資に参加できるようになったんだ」

 これはイギリスだけでなく、世界に対しても画期的なことだった、とマイケルは言う。経済成長を遂げて豊かになってきたイギリスの資金が、外国への投資に流れ始めたことで、世界経済も大きく流れを変える。当時、発展途上だったアメリカの鉄道会社などに投資されたことにより、鉄道や電気などアメリカのインフラ普及が一気に加速した。いわば、投資信託の誕生が世界経済を活性化させる一端になったことは確かだ。そういうと、理香は感心してうなずいた。

「夫は一般NISAに、私はつみたてNISAに挑戦することになって、ちょっと地味だなーってがっかりしてたんですが、何かすごくやる気が出てきました」

「投資信託の投資先を見て、自分が今後成長するだろうと思える国やエリアを探してごらん。そして、リスク分散できるように、投資先が異なる銘柄を複数、振り分けて持っておくといいよ」

 投資信託自体、分散投資の基本のような銘柄ではあるけれど、複数の銘柄を振り分けて持っておくと、さらに分散力が高まるからね。

 マイケルの言葉に理香はうなずいた。

「先日、投資信託の選び方の基本を、金融会社にお勤めの友人に教えてもらったんです。今は、世界的にコロナ禍からの回復期なので、全世界に投資する銘柄をメインにして、将来性に期待できる新興国に投資する銘柄と、自分の国を応援するつもりで日本国内に投資する銘柄の三つに分けようかなと思っています」

「いいんじゃないか? 日本は高齢化が進んで人口も減少傾向だけど、今後世界のGDPは成長の一途をたどるはず。全世界メインで投資するのは間違いじゃないと思うよ」

 仕事と同様、行動力があり理解力も早い理香ならではの成長に、マイケルはにっこりうなずいた。

「日本も来年からNISAの制度が変わるんだろう?」

「はい。投資できる金額が格段に増えて、課税されない期間も無期限になるんだそうです」

 日本の投資事情もようやく世界レベルに追い付いてきたな、とマイケルは思う。生涯投資金額も上限が1,800万円へ、非課税投資期間も恒久化するという新NISA。政府主導の「資産所得倍増計画」が来年いよいよ本格化する。さっそく理香たちのような、資産形成に無関心だった層も取り込み始めていることを目の当たりにし、マイケルは日本の未来に改めて期待した。

「ただ、来年から制度が変わる機会に、自分の資産形成プランをもう一度練り直したほうがいいよ」

「はい」

 理香はうなずく。

「今年はひとまず、何が何でも[始める]っていうことを目標にしたんです。来年になるまでに、目標額や資産形成の内容なんかも、あらためて話し合って決めていくつもりです」

 そういえば工藤も同じようなことを言っていたな…と理香は思い出した。工藤は話の最後にこう言ったのだ。

「来年になったら制度も変わるし、それまでに自分のライフプランを設計してみたほうがいいと思うよ。健君や美咲ちゃんの進学や、住宅購入、ご両親の介護や自分たちの老後などなど、現金がある程度必要になるタイミングが人生には何度かある。その時までにいくら資産を持っておくべきか、という目標も仮でいいから持っておくと、資産形成の内容も変わってくるから」

 進学、住宅、介護、老後…次から次に考えることが降ってきて、頭がパンクしそうになり、聞き流しそうになったのだが、本来はもう少し綿密に、必要な額と必要なタイミングにフラグを建てておくべきなのかもしれない。そこは計画性があり冷静な信一郎にがっつり頼ってみよう、と理香は思った。

「マイケル、とても勉強になりました。ありがとうございます!」

「感謝は仕事でペイしてくれることを期待してるよ」

 がんばって働いて、昇進や昇給も狙ってみよう。毎日、工夫や改善を怠らずに仕事に邁進していたつもりだが、仕事に新たな目標が加わり、理香は大きくうなずいた。

<2-6>「遅すぎた」でなく「間に合った」と考える