先週のレポートで3年半ぶりに訪れた中国出張報告でも扱ったように、今年上半期の中国経済は芳しいものではなく、ポストコロナ時代に移行する過程で、景気が思ったよりも回復してきていない現状が浮き彫りとなりました。

 中国国家統計局が7月10日に発表した6月のPPI(生産者物価指数)は、前年同月比5.4%下落し、2015年12月以来最大の落ち込みとなりました。また、同日発表されたCPI(消費者物価指数)も前年同月比で横ばい、先月と比べても0.2ポイント下落しました。深刻な需要不足に加え、デフレスパイラルという経済の悪循環に陥っている感があります。

 しかも、私自身先月下旬の中国訪問で実感したように、都市部や農村部で暮らす中国の人々は、物価が安くなったとは感じていません。来週、17日に発表される4-6月期のGDP(国内総生産)成長率に注目したいですが、下半期の中国経済も予断を許さない状況が続くと思います。

 本レポートでは、先週に引き続き、中国出張報告の第2弾として、現地での実地調査、および政策、市場関係者との意見交換を受けて、2023年、あるいは近未来における中国経済を取り巻く構造的困難という観点から、五つのリスクを抽出し、総括してみたいと思います。
 

リスク1:内的原動力の不足

 今年に入ってから、低迷する経済統計を前に、国家統計局の幹部や中国政府内の経済学者を含め、「内生動力不足」という言葉で景気の動向を表現してきました。端的に言えば、中国経済が成長していくための国内的原動力に欠けるということ。経済の好循環を生むための需要、投資、消費、生産を含め、経済を動かし、回していくための活力が不足しているとも言えます。

 今年に入り、新型コロナウイルスの感染拡大を徹底的に封じ込めることを目的とした「ゼロコロナ」策が解除されましたが、第2四半期に入って、景気の停滞感が顕在化してきました。この状況を打破するためには、「内生動力」を活性化させていかなければならないというのが中国政府の現状認識だと思いますし、下半期を通じて、金融緩和、財政出動、景気刺激策などを小刻みかつ五月雨式に打っていくことが想定されます。
 

リスク2:外需の鈍化

 中国政府はこの期間、内的原動力の不足と並列して、外需の鈍化という要素が中国経済にとってもマイナスに作用する点を強調してきています。要するに、中国の外、特に欧米をはじめとしたいわゆる世界経済の低迷が中国経済にとってのリスク要因となるという認識です。

 例として、世界銀行は6月6日、2023年の世界の経済成長率は2.1%と、2022年の3.1%から低下すると予測しています(1月発表の1.7%からは0.4%ポイントの上方修正)。世界的な金利上昇が続く中、世界経済の成長は減速するとの見方を示しています。

 今回北京で議論したある経済官僚は、「中国経済の問題は中国だけで解決できるわけではない」という点を指摘していましたが、外需の鈍化が中国経済にとっての下振れリスクと化している現状を物語っているようでした。
 

リスク3:地政学

 ロシアがウクライナに軍事侵攻して500日が経過しました。休戦や停戦の兆候は全く見いだせません。中国の動きにますます注目が集まっています。台湾海峡は依然緊張した状態が続いており、日本においても「台湾有事」が警戒されるようになっています。米中対立に端を発する経済安全保障は、半導体産業をはじめとした企業活動にも深刻な影響を及ぼしています。

 中国を取り巻くこれらの地政学リスクを、政府や市場関係者は中国経済にとっての不安要因だと見なしています。端的に言えば、それらのリスクが高まり、複雑化すればするほど、中国経済にとっての不安要素が高まる、人材や資本が中国から逃げていく、外国企業が中国と付き合うことに躊躇(ちゅうちょ)するようになる、先端技術を巡る覇権争いが激化し、企業は国家間の闘争に巻き込まれるようになる、という構造です。
 

リスク4:成長モデルの限界

 上海で意見交換をした国有企業の幹部は、中国経済の今後を占う上での不安要素として、不動産とインフラに過度に依存した旧来の成長モデルがもはや機能しなくなっているという点を挙げていました。現状、住宅市場の価格と需要は高止まりし、下落傾向すら見いだせます。都市部のオフィスビルでは空き部屋が目立ち、商業需要という意味でも先行きは不透明です。政府は不動産市場を再活性化させるべく、金融機関、不動産業者、最終消費者などに働きかけていますが、その効果は現時点では限定的です。

 中国政府は需要を喚起するための一つの策として積極的な財政出動を掲げています。地方におけるインフラ投資はその典型ですが、先週のレポートで農村部で過剰なインフラが作られている現状を取り上げたように、都市部、内陸部を含めて、インフラ需要がどこまで客観的に存在するのかは不明瞭であり、少なくとも、そこに過度に依存した成長モデルは限界に近づいている、というのが実地調査を経た私なりの実感です。
 

リスク5:習近平体制

 最後が今年3月、国家主席として2期10年を超え、異例の3期目入りした習近平体制そのものです。習近平氏は権力を自らの手中に一極集中させ、個人崇拝も横行しています。その過程で、言論、学問、報道の自由は著しく制限され、市民社会(シヴィルソサエティ)が育つための土壌にも強い圧力がかかり、中国と外国との間の知的交流も制限されています。

 政治が経済の論理を凌駕(りょうが)し、共産党が市場に覆いかぶさる構造が定着化する中で、イノベーション、IT企業に対する規制強化などが行われてきました。先日、アリババ傘下のアント・グループに約71億元(約1,400億円)の罰金が科されたことで、状況はひと段落という様相を現時点では呈していますが、活力ある市場や企業活動への制限は、引き続き中国経済にとっての下振れリスクとして君臨するでしょう。
 

 これらは、市場関係者の習近平体制に対する信頼や期待値の低下につながり、現政権下においては、中国ではビジネスができない、中国とは付き合えない、中国には資産も事業も置いておけないといったネガティブな心境、雰囲気の醸成につながると見ています。

 ただ、中国は巨大で、私たちが想像する以上に多様性に富んでいます。北京と上海、都市部と農村部、沿岸部と内陸部、本土と香港では、発展の程度も、経済成長のための原動力も、政府と市場の関係も、制度やルールも異なる場合が往々にしてあります。今から10年以上前に『脱・中国論:日本人が中国と上手く付き合うための56のテーゼ』(日経BP社)という本を出したことがあります。そこで言いたかったことは、中国を中国として一括りにするのではなく、中国には様々な、多面的な顔があるんだという認識の下、我々の見方を「脱・中国化」すべし、というものでした。今になっても、その考えに変わりはありません。

 見方や視点を変えてみることで、可能性が、チャンスが見出せることもあると思っています。