バークシャー・ハサウェイ株を新たに取得したレイ・ダリオのブリッジ・ウォーター

 レイ・ダリオが率いる世界最大のヘッジファンドであるブリッジ・ウォーターの3月末時点での保有する上場企業社数は968社と、2021年12月末時点(731社)と比べ大幅に伸びており、その評価額も大きく膨らんでいる。

ブリッジ・ウォーターの保有企業数と保有評価額の推移

出所:決算資料より石原順作成

 今回の開示でのポイントは、この1-3月期にテスラ(TSLA)の株式を手放したことが明らかになった一方、個人投資家の間で頻繁に取引されているミーム銘柄(バズリ株)であるAMC(AMC)ゲームストップ(GME)を新たに取得、さらには前述のバークシャー・ハサウェイ (BRK.B)を新たに取得したことであろう。

 ブリッジ・ウォーターの前回のフォーム13Fによると、昨年末時点でテスラ株を2万5,488株(2,693万ドル相当)保有していた。

 しかし、今回の報告書への記載はなく、テスラ株から完全に撤退した。ブリッジ・ウォーターによるテスラ株の売却は、マスクCEOによるソーシャルメディアプラットフォームのツイッター(TWTR)買収を巡る一連の動きが起きる前に行われていた。

ブリッジ・ウォーターの保有株トップ30(2022年3月末時点のフォーム13Fより)

出所:フォーム13Fより石原順作成

 市場を驚かせたのは、あのレイ・ダリオのブリッジ・ウォーターがゲームストップ(GME)を4,136株(68万9,000ドル相当)、AMC(AMC)を2万7,066株(66万7,000ドル相当)新たに取得したからだ。

 年初来から米国株相場が軟調に推移している中、この2銘柄は3月末には高値をつけるところもあったが、その後は下落し、ゲームストップ(GME)は100ドルを割る水準、AMC(AMC)は直近の高値から半値以下に落ち込んでおり、年初からの下落率は54%に達している。

ゲームストップ(日足)

(緑↑:買いシグナル・赤↓:売りシグナル)
出所:石原順

AMC(日足)

(緑↑:買いシグナル・赤↓:売りシグナル)
出所:石原順

 ゲームストップ(GME)AMC(AMC)はミーム銘柄(バズリ株)と言われ、市場で最も投機性が高くリスクの高い株式である。この2銘柄をレイ・ダリオが買ったことで、「ダリオが市場に対して長期的にはともかく、短期的には強気になっているのではないか?」と、市場関係者は色めき立った。

 ゲームストップ(GME)AMC(AMC)の取得株数は、一般の個人投資家の多くにとってはかなり大きく見える。

 だが、レイ・ダリオのブリッジ・ウォーターは世界最大のヘッジファンドであり、運用資産は1,500億ドル(約19兆円)もあるのである。(また、この運用金額はブリッジ・ウォーターのピュアアルファ戦略のみのものであり、全天候型ポートフォリオは除外されている可能性もある)

 第1四半期末のゲームストップ(GME)AMC(AMC)のポジションは合わせて140万ドル程度であり、ブリッジ・ウォーターのファンド価値の0.001%に過ぎないのである。

 ブリッジ・ウォーターのポートフォリオ全体としてみれば、レイ・ダリオがゲームストップ(GME)AMC(AMC)の株に賭けているとか、長期的に市場に強気になったとかいうわけではないことは明らかだ。

 おそらく、レイ・ダリオはこの2銘柄(ミーム銘柄)を、短期的な株式市場の反発へのヘッジ(保険)として、オプション感覚で買ったということだろう。

第1四半期のブリッジ・ウォーターの推定保有量

出所:DMマーチンリサーチ

 バークシャー・ハサウェイ(BRK.B)の株式の取得(8万9,644株)についても、968社を保有している全体から見れば大きくはなく、評価額にして567番目の投資先となる。

 しかし、ミーム株の取得と違い、バークシャー・ハサウェイ(BRK.B)の株式の取得は、レイ・ダリオが「防御」に向けてポートフォリオを分散しようとしていることを示唆している可能性はあるだろう。

バークシャー・ハサウェイB株(日足)

(緑↑:買いシグナル・赤↓:売りシグナル)
出所:石原順

 ウォーレン・バフェットが積み増している<石油株>については、ブリッジ・ウォーターも保有を大幅に増やしている。これがバークシャー・ハサウェイとブリッジ・ウォーターの共通点であり、目的は「インフレヘッジ」である。

 2021年12月末時点から比較するとシェブロン(CVX)は約85倍(5,057株から43万4,365株)で評価額は7,072万8,000ドル相当、エクソンモービル(XOM)についても、約175倍(6,518株から114万6,997株)に積み増しており、評価額は9,473万ドルに相当する。

 ネッド・デービスによれば、消費者物価の上昇期に最高の実績を上げているのはエネルギー株である。1972年以降の高インフレ期9回中7回で、エネルギー株はS&P500種指数を中央値で14ポイント上回った。「エネルギー株は過去50年にわたり一貫して高インフレ時の勝ち組だった」(ネッド・デービス・リサーチの調査結果)という。

シェブロン(日足)

(緑↑:買いシグナル・赤↓:売りシグナル)
出所:石原順

エクソンモービル(日足)

(緑↑:買いシグナル・赤↓:売りシグナル)
出所:石原順

 さらにもう一つ、マイクロソフトが買収するゲーム会社のアクティビジョン・ブリザード(ATVI)についても保有を増やしている。前回の8,427株から5万3,395株に、427万7,000ドル相当を保有している。

 ブリッジ・ウォーターとしてはやや異例の動きとなった今回の13Fだが、レイ・ダリオとブリッジ・ウォーターは、自分たちが何をしているのかを明確に知っており、現在の市場全体とは異なる考え方で動いているようだ。

 5月24日のダボス会議でブリッジ・ウォーターのボブ・プリンス共同最高投資責任者(CIO)は、「米国はインフレ高進と景気停滞が同時進行するスタグフレーションが目前に迫っており、市場は消費者物価の上昇を十分に織り込んでいない」との見方を示した。

 5月25日のCNBCに出演したレイ・ダリオは、「全ての通貨が、商品やサービスとの関係で下がる通貨になるということだ。残念なことに、それは株式や債券の方がはるかに良いことを意味するものではない。

 今後、より多くの痛みが来る余地がある。現金はまだゴミだ。ゴールドはリスクを軽減し、収益を高め貯蓄に貢献する。ゴールドとビットコインを好む」と現在の市場環境に危機感をにじませている。

ゴールドCFD(日足)

メガトレンドフォローの売買シグナル(赤↑:買いシグナル・黄↓:売りシグナル)
出所:楽天MT4・石原順インディケーター

「われわれは債務のわなに陥ってしまっているのではないか、というのが私の懸念だ。中央銀行が非伝統的な金融政策の段階的な引き揚げを望む場合、債務比率を踏まえると、債券・信用・株式市場そして経済がクラッシュするリスクがある。中銀はそうした債務のわなに陥ってしまい、政策金利を正常化できなくなる。債務のスーパーサイクルが起きている。最終的に中銀はわなにはまってしまった。政策金利を正常化させるという話が出ているが、民間・公的債務の水準を考えた場合、正常化しようとすれば市場も経済もクラッシュする」

(ルービニ・マクロ・アソシエーツ)