今年の2月から4月にかけて、商品価格が急落する場面がありました。金・銀・銅をはじめ工業金属価格、そして小麦やとうもろこしの価格も大きく下落し、それ以降、いずれも急落前の水準を取り戻せていません。去年9月に始まったQE3はこれまでで最も強力な量的緩和ですし、その時期はまだ緩和を縮小する気配も無かったので、商品価格下落の要因を金融政策に見出すのは困難でした。そして消去法により様々な要因を潰していった結果、残った可能性が中国でした。
中国の設備投資が国内総生産に占める比率は2012年時点で50%近くにも上っています。設備というのは少なくとも数年以上、長ければ数十年耐用するするものですから、数年、数十年にわたる需要を先食いしてしまっている事になります。なので人類の歴史上、設備投資ブームが行き過ぎた後にその反動が訪れるというサイクルは、当然のように繰り返されてきました。しかし中国の設備投資ブームは、そのような人類の歴史の中でも最大と言ってよいでしょう。過去、日本や韓国で起こった設備投資ブームのピークでも、国内総生産に占める比率はせいぜい30%台でした。50%というのは前人未到の領域なのです。
当然の事ながら、反動から来る影響も前人未到のものになると覚悟しておいた方が良いでしょう。だからこそ、上海総合指数は2009年半ばからほぼ一貫して下落を続け、現在も低迷しているのだと思います。アメリカでも3月、テレビ局CBSの看板番組「60minutes」で、中国の街ごと空っぽのマンション群や、テナントが全く入っていないショッピング・モールの風景が放映されたり、しばしば新聞でもブームの反動に対する記事が掲載されるなど、中国経済に対する警戒感は非常に高まっています。むしろ一部ファンドは既に十分過ぎるくらい、中国の設備投資ブームの反動の準備をしている状態です。その意味で、私は現在の中国の状況は、アメリカの2007年の状況に似ていると考えています。
アメリカでは2006年半ばから住宅価格が下落を始めました。しかしその影響はどのようにアメリカ経済に表れてくるのか、2007年初の時点で予測するのは非常に困難でした。というのはアメリカの住宅ローンは、基本的には証券化されて投資家に売却される仕組みとなっています。住宅ローンが焦げ付けば投資家が損失を被るだけで、日本のように、銀行が不良債権を抱えてにっちもさっちもいかなくなる状況というのは考え難かったのです。
それでもよく調べていくと、多くの住宅ローン証券は、モノラインという金融保証会社による保証によって支えられており、さらにそのモノラインは財務体質が非常に脆弱にもかかわらず、トリプルAという最上級格付けを付与されてビジネスが成り立っている事が分かりました。こうして住宅価格下落の影響はまずモノラインに表われるとの分析の下、我々のファンドでモノライン大手2社(アムバックとMBIA)の空売りを始めたのは2007年春の事でした。しかし両社の株価は下落するどころか逆に、同年11月にかけてじわじわ上昇していったのです。結局、その後2009年にかけて両社とも実質破綻状態に追い込まれ株価はほぼゼロになったのですが、ブームの反動が表われるタイミングを予測する事が如何に難しい事かを感じさせれた案件でした。
また「住宅ローンが焦げ付けば投資家が損失を被るだけ」というのも誤りでした。投資家に売却して残っていないはずの住宅ローン証券の多くが、実際には証券会社、そして銀行のバランスシートに残ったままになってしまっていたのです。証券会社や銀行がどのような証券を保有しているのか、開示されている資料だけで把握する事は今でも困難です。危機が訪れて初めて、巨額の損失計上が必要な証券を保有していた事が次々と判明していったのが2008年でした。
開示の進んでいるアメリカでもこのような状況だったので、中国の場合、設備投資ブームの反動に伴う負担はどこに、いつ顕在化するのかを予測する事はまだ、極めて困難な状況と言わざるを得ません。多くの統計の信憑性に疑問符が付く中、当面、一部の統計と商品相場等の市場価格を手掛かりに何が起こっているのかを推測していくしかないでしょう。街ごと空っぽのマンション群も、実は個人投資家が現金で購入しており、例え値下がりしても個人投資家が損失を被るだけで、アメリカのような金融危機には発展しないのかもしれません。中国版住宅ローン証券とも言える「理財」も同様です。
しかし中国の設備投資ブームは、山が巨大であった分、今後来たるべき谷も小さくないはずです。私は日米共に株式市場に対しては基本的に強気で良いと思っていますが、ショックが訪れるとすれば、その大きなきっかけの一つは中国と考えています。ですのでこのリスクはヘッジしておかなければなりません。このような考えのもと最近、ここ数年中国の設備投資ブームの恩恵を受けてきた国やセクターの株式の空売りを開始しました。しかし具体的に、反動がいつどのような形で表れるかを予測する事は困難です。今後モノラインのように、本命が頭角を表してくる可能性もあるでしょう。それでも2007年のように、当面相場が逆に向かう可能性も十分あると思います。今年、2013年の中国は、そのような展開も覚悟しながら付き合わなければならなかった、アメリカの2007年の状況にとても似ている感じがしています。
(2013年8月12日記)