注目の大統領選挙まであと11日(本稿執筆時点)となりました。今回の選挙は、実質増税と強制歳出削減が同時に起こる、いわゆる「財政の崖」に直面するかどうかだけでなく、27年ぶりとも言われる税制大改革の方向を左右するもので、この先アメリカの経済を考えるにあたっても、投資を考えるにあたっても、非常に重要な選挙と言えます。5月に2012年大統領選挙と株式市場(2012年5月28日)を書かせていただきましたが、当時とはやや状況が異なってきていますので、アップデートの意味も込めて大統領及び議会選挙、そしてそれらの結果が市場に与える影響をご紹介しておきたいと思います。

5月と比べて最も大きな変化は、9月に明らかになったのロムニー候補の失言(「私は税金を払っていない47%の国民の事など気にかけない」)以降、議会上院選挙の構図が逆転し、今や議会上院では民主党が過半数を獲得する可能性が高まってきている事です。

一方で5月と比べて変わっていないのは、議会下院選挙では共和党の過半数獲得の可能性が高い事、そして大統領選挙は依然オバマ大統領が有利であるものの、接戦が続いているという事です。この結果、可能性の高い順番に並べると、議会下院→共和党が過半数、議会上院→民主党が過半数、大統領→オバマ(即ち現状維持)が現在の状況となっています。「財政の崖」や税制の方向を占うにあたっては、この大統領と議会の組合せが非常に重要な意味を持ってきます。

  • 大統領:オバマ、 上院:民主党、 下院:共和党
    上述の通り、現状最も可能性が高いと共に、最も先が読みにくい組合せです。共和党圧勝となった中間選挙のように、両党ともはっきりとした国民からのメッセージを主張しにくいため、これまで通りねじれ議会の下での折衝に委ねる事になります。選挙が終わってから年末休暇に入るまで交渉の期間は極めて限られているため、税制の抜本的改革はおろか、「財政の崖」を短期的に回避できる措置が取れるかどうかも微妙です。最悪の場合「財政の崖」に直面し、議会予算局が警告しているように2013年前半リセッションの可能性も否定できません。この組合せになった場合、年末にかけて市場はワシントンの動向に一喜一憂する状況が予想されます。
  • 大統領:ロムニー、 上院:共和党、 下院:共和党
    現状二番目に可能性が高いのはこの組合せでしょう。3つの選挙の中で最も接戦なのは大統領選挙です。大統領選挙でロムニー氏が勝つような状況であれば、同時に上院も共和党有利と考えられるからです。この場合、共和党は速やかに税制の抜本改革に着手すると見られますが、新議会が召集されるのは年明けであり、短期間での法案成立は到底困難と見られる事から、取り急ぎブッシュ減税をはじめとする多くの減税措置が一定期間延長される事になるでしょう。ただオバマ大統領時代、緊急措置的に実施してきた給与税減税や失業保険延長措置などは失効する可能性が高いため、「財政の崖」とは行かないまでも、GDPで1%程度の財政引き締めは起こりそうです。ただ、この程度の財政引き締めは既に市場は織り込み済みと考えられます。
  • 大統領:ロムニー、 上院:民主党、 下院:共和党
    大統領選挙が大接戦になった場合、次にこの組合せが考えられます。ただこの場合注意しなければならないのは、2000年のブッシュ対ゴアの選挙のように、勝者を決定するのに時間がかかると今回、アメリカ経済にとって致命傷になりかねないという事です。というのはもともと年末まで議会の話し合いの時間が短い中、票数で揉めているようではとても「財政の崖」を回避する措置が取れるとは考えられないからです。そのような事態に発展しないという前提の下、上記と同じくGDPで1%程度の財政引き締めが予想されます。

最後に、株式等にかかわる税制の影響についてコメントしておきたいと思います。アメリカでも最近、今年末でブッシュ減税が失効するとキャピタルゲイン税率が現行15%から最高23.8%に、配当税率が現行15%から最高43.4%に上昇する、という報道があちこちでされるようになっています。10月末の投資信託決算期と相俟って、最近の株式相場下落の一因と言えるでしょう。

一方で市場があまり留意していないと見られるのは以下の3点です。

  • オバマ大統領もロムニー候補も法人税の引き下げ(それぞれ現行35%→28%、現行35%→25%)を提唱している事。これによって企業の税引き後利益が押し上げられる
  • 米国株式は多くの外国人や金融機関、退職積立金等非課税ファンドによって保有されており、増税の対象となる個人投資家が保有するのは40%弱に過ぎない(但し、この40%弱のうち殆どが最高税率が適用される富裕者層と見られますが)。
  • 配当税率がキャピタルゲイン税率を大幅に上回る状況が続くようだと、企業側が配当を内部留保に(従ってキャピタルゲインに)仕向ける動きが予想される。

このように今回、一連の選挙は確かに不透明要因に覆われてはいますが、投資の世界の鉄則はハイリスク=ハイリターン。同時に投資チャンスも豊富に提供されているように見えます。

(2012年10月26日記)