市場が正常に機能していれば、市場参加者は全て自己の責任においてリスクとリターンを判断し、投資に関わる判断をしている筈です。予めリスクに対する覚悟が出来ていれば、例えそのリスクが現実のものとなったとしてもショックに発展する事はありません。通常は、よりリスク・リターンの関係が改善した状態になるため、新たにリスクを担ってくれる別の投資家が次々と現れてくるからです。しかししばしば、リスクの担い手とリターンを得る主体が一致しない状況が、意図的に、又は意図せざる所で出来上がってしまう事があります。そしてその状況が長引けば長引くほど問題のマグマが大きくなる。それが爆発して起こるのが金融ショックです。
例えば2008年9月に破綻した政府系住宅金融機関のケース。政府系住宅金融機関を示す略語GSEのSはSponsored(発起した)という意味です。要するに単に政府が発起して出来たというだけで、政府の機関でも、政府が保証している機関でもないのです。しかし市場は長年誤りを続け、政府系住宅金融機関が発行する債券は、あたかも政府の保証が付いているかのような水準の利回りで取引されていたのです。実際に政府が保証してくれているものではないと市場が気付き始めたのは実質破綻の数ヶ月前。結局アメリカ政府はパニックを抑えるため、債権者に対して元々市場が考えていた通りの扱い、即ち政府の全面保証という形を取らざるを得なくなりました。この結果、これまで政府系住宅金融機関には約12兆円の税金が投入されています。
その翌週に破綻したリーマン・ショックのケースで言うと、市場は「大きい金融機関は政府が救済してくれるだろう」という、要するにリスクは政府が担ってくれるという、誤った期待の下にリーマン・ブラザーズと取引していたのです。実際にリーマンが破綻して初めて「大きい金融機関でも救済してもらえないんだ」という認識が市場に広がり、次々に大手金融機関に危機が波及していくに至ったのです。そして2009年3月に財務省が大手19行を保護する、即ち「やっぱり大きい金融機関は救済する」と宣言するまで危機が収まる事はありませんでした。
ここ数年、金融ショックの頻度が増加しており、その度に「XXファンドが空売りしたから」「YYがショックを仕掛けた」等の論調が見られます。しかし繰り返しになりますが、金融ショックはそんな事で起こるものではありません。金融ショックはこれまで何年にもわたって積み上げられてきた、上記のような「市場の誤り」がそもそもの原因なのであり、ショックはそのような誤りを正しい方向に修正する動きなのです。XXファンドはむしろ、そのような正しい方向に修正する動きを促したという点で、マグマがさらに大きくなるのを防ぐという、非常に重要な役割を果たしていたと言えます。
規制等によりそのような「市場の誤り」を修正する事も必要だったでしょう。政府系住宅金融機関には、政府から保証を受けているようなフリをして低金利で資金を調達するという特権を利用させない、又はそのような状態を放置しない事が必要だったのです。「大手金融機関なら潰れない」という市場の期待を、そもそも持たせないようにしておけば、リーマンショックは起きなかったでしょう。しかし実際には、住宅ローンが低金利で借りられれば誰もがハッピーだし、大手金融機関が安定していれば金融システムを強固な状態に維持できます。政治的に不人気な税金投入もしなくて済みます。要するにこれまで、政治、規制当局を含め多くの主体がこのような「市場の誤り」に気付いていても、ハッピーだから、楽だから、便利だからと言って、そのまま放置してきた結果がこれらの金融ショックなのです。
欧州金融危機についても同様の事が言えます。金融危機前まで、ユーロ加盟国の国債の利回りはどこも殆ど同じ水準で取引されていました。要するに市場は「もし何かあっても他のユーロ加盟国が救済するだろう」という期待を持っていた事になります。ギリシャやポルトガルが低金利で資金を調達できれば周辺国の景気浮揚にも貢献します。もともと危機に瀕する国が出てきた際、加盟国が救済するという確約は政治的に不人気で出来なかったけれども、そのような「市場の誤り」を利用する事はユーロ加盟国にとってメリットがあったので、それを修正する動きが出てこなかったのでしょう。
しかし実際にギリシャ危機が起こってみると救済案を巡って各国政府の思惑は様々。すったもんだの挙句ようやく救済案で合意に達しても、上限金額が決められているので、これまで市場が当然の如く信じていた「他のユーロ加盟国が救済するだろう」という期待は元には戻りません。リーマンショック同様、市場が「こんな筈じゃなかった」とショックを起こしている訳ですから、これを収めるには市場が期待していた元の状態、即ち「何かあれば他のユーロ加盟国が救済する」に戻すしかないのです。
もっとも自国通貨建てで国債を発行できるアメリカや日本に比べるとユーロにはハンディがあります。何故ならアメリカや日本は、いざとなったら通貨を印刷して国債返済を求める投資家に渡せば良いのですが、現状のユーロではそうはいきません。しかし私は、最終的にはECB(ヨーロッパ中央銀行)を利用して、アメリカや日本のように通貨の印刷同然の行為を可能にするのではないかと見ています。そして実質的に「何かあれば他のユーロ加盟国が救済する」という状態に戻していく可能性が高いと考えています。逆にユーロが今の危機を乗り切る道はそれくらいしか残されていないからです。アメリカの金融危機時の例を見る限り、ユーロ加盟国がそういう思い切った決断をするまで、危機やショックが収まる事はないでしょう。
(2011年12月27日記)