日本で長年懸案であった法人税減税が、小幅ながらようやく実施される事になりました。モノもお金も情報も世界中を自由に駆け回るようになった今、世界で最も高い水準の法人税率を引き下げないという選択肢は有り得なかったと思います。にもかかわらず、実現にここまで時間がかかってしまったのは聞き慣れたフレーズ、「大企業に減税をして、庶民の消費税を増税するのは反対」のせいでしょう。このフレーズ、一見もっともな主張のように見えてしまうのが厄介な所です。しかしこの主張、少し考えれば法人と個人という次元の違う主体を比較するという、単純な過ちを犯している事が分かります。
公平な比較をするなら、ベースを同じ「個人」に合わせるべきでしょう。すると法人税減税の根拠はこのようになります。法人が100円の利益を生むとします。法人税で40円差し引かれ、残った60円が全額配当されたとしても10%の配当税がかかるので、株主としての個人に残るのは54円です。株主としての個人は、法人レベルと個人レベルの2段階で、合計46%の税金を負担している事になります。この46%は世界でも突出して高い水準です。同じく法人税が高い国としてよくアメリカが取り上げられますが、第一にアメリカは殆どの上場企業は別として、かなり大きな会社でもパートナーシップなど、二重課税を避ける形態が認められています。第二に、株主資本利益率が22.09%(S&P500指数:直近12カ月)のアメリカと、4.83%(TOPIX:同)の日本で法人税率が同じ水準というのは、やはり異常です。投資家にとって日本は、魅力的な市場でないのに税金だけ高い、と映ってしまうでしょう。
ちなみに個人が同法人の社債を購入したとします。利息は法人レベルでは損金に算入できるので無税、個人レベルで20%の源泉徴収、合計で20%の税金負担です。即ち、日本で個人が法人に株式の形で投資すると、世界的にも突出して高い46%の税率を負担を強いられているし、日本国内でさえ同じ資本調達手段である社債と比べて2倍以上の税率がかかっているというのが現状なのです。
このように書けば、株主というのは金持ちだからたくさん取ればいい、という意見も出てくるのかもしれません。しかし株主というのはそもそも「投資しない」という選択肢も持っているのです。世界中の投資家は当然の事ながら、税引き後のリターンを投資前に計算した上で投資しますから、46%を差し引いた後のリターンが低いと思えば、投資してくれません。そうなれば、そもそもこの金持ちから取れる税金はゼロになってしまうのです。そればかりか、投資してくれなければその法人は設備投資や研究開発、優秀な人材を雇うのに必要な資本を集める事ができません。資本不足に陥った時、資本増強に応じてくれる投資家がいなければ命取りになってしまいます。景気が悪くて赤字になった時でさえ、その損失を肩代わりしてくれる株主がいないというのはその法人のみならず、日本全体にとっての損失でしょう。それなら、税率を下げてでも投資を呼び込むべき、というのが普通の考え方だと思います。
ここまでで、この46%というのは、要するに資本に対する税金である事がお分かりいただけると思います。例えば投資家が10%のリターンを求めているとしたら、日本では法人は資本に対して18.5%(10÷(1-0.46))もの利益を上げないといけないという事になります。法人税+配当税が25%の国は、資本に対して13.3%(10÷(1-0.25))の利益を上げるだけで良いのです。これでは法人は平等な競争が出来るはずがありません。日本の企業がどんどん海外に進出してしまう、というのはこういう事です。
昨年秋、ようやく法人税減税が実施に向けて動き出した時、財務当局から証券優遇税制を廃止する方向の発言がニュースに流れました。上記の仕組みをご覧いただければ、この発言は法人税減税の効果を吹き飛ばしてしまうものである事がお分かりいただけると思います。ようやく法人税が5%引き下げられる見通しになったというのに、配当税率が5%引き上げられたら、元の木阿弥です。法人税減税の必要性を訴える人はたくさんいるのに、財務当局でさえ証券税制とセットで考えられないというのは、非常に残念な事だと思いました。
日本は金利がゼロなので、金融政策で出来る事は殆どないとよく言われます。確かに企業にとっての他己資本である貸出しに対して与えられる影響はそうかもしれません。しかし、企業にとっての自己資本である株式などについて「資本の金融緩和」をする余地はたっぷりあります。今回法人税減税もそうですし、証券税制もそうでしょう。この他にも、資本の金融緩和をする方法について、思い付く案は沢山あります。他己資本の金融緩和は日銀の専管事項かもしれませんが、自己資本の金融緩和ができるのは政府に他ならない、という認識が必要だと思います。