「ゴールドマンの従業員、優先対象者よりも先にH1N1ワクチン接種」
「ゴールドマンのハイチ義援金、ボーナス支給額の2万分の1」
「ゴールドマンのCEO、自らの仕事を『神の仕事』と発言」
アメリカ国民の米大手金融機関に対する怒りはとどまるところを知りません。上記のような、ゴールドマンからすれば反論の余地が十分にあるようなニュースが連日ヘッドラインに並ぶ有様です。このような国民の不満を和らげるためでしょう。今年中間選挙を控えたオバマ政権は先週末、米大手金融機関、特にゴールドマンやモルガンスタンレーなど大手証券会社に標的を絞った「金融危機責任料」の導入を発表しました。

おことわりしておきたいのですが、私はゴールドマンには沢山知人がいます。その全員がビジネスにおいても、人間的にも極めて優れた人達です。絶対に優先対象者よりも先にワクチンを受けるような人達ではないし、恐らくハイチの地震後は真っ先に個人で義援金を送っていると思います。むしろ当の従業員でさえ、金融危機後に起こっている一連の問題については経営陣に対して批判を抱いているのです。そしてその批判は当然のものだと思います。

アメリカというのは恐らく、世界一資本主義が徹底している国でしょう。リスクを覚悟で成功を手にした者にはご褒美が与えられ、失敗してしまった者は退場を余儀なくされます(但し一旦退場した者にもチャンスは与えられます)。アメリカ国民はずっとこのルールを当然の如く受け入れてきて、だからこそ「アメリカン・ドリーム」を探求し続けられているのです。

しかし金融危機を前後して、このルールを破ってしまった会社があります。それが米大手金融機関、とりわけ証券会社でした。それは2008年9月15日のリーマン破綻後数日のどさくさの中起こりました。翌月初のニューヨーク・タイムズ紙によるとゴールドマンやモルガンスタンレーのCEOは財務省とFRBに助けを請いに行ったといいます。その結果、取引相手であった保険会社AIGを政府が救済した事によって兆円単位の損失を免れ、空売り規制によって株価の下落を止めてもらい、あっという間に銀行持ち株会社への移行を認められる事によって銀行同様の流動性を確保し、預金保険公社が保証する債券の発行を許され、公的資金注入によって過小資本の問題を一時的に解決し、「100年に一度の金融危機」を乗り越える事ができたのです。

アメリカ国民は一部の人を除き、大手証券会社の「儲け過ぎ」に怒っているのではないのです。その証拠に金融危機がぼっ発する前、リスクを覚悟で成功を手にしている時は、むしろ尊敬の目で見られていたはずです。問題は、リスクが裏目に出て、本来は退場しなければならない所、卑怯な手を使ってルール違反をしてしまった事なのです。アメリカの人はアンフェアな事を非常に嫌います。大手証券会社に批判が集中している理由は正にこの「ルール違反」なのです。当事者が「儲け過ぎ」を妬んでいると考えていたら、いつまでたってもアメリカ国民の怒りが収まる事はないでしょう。

資本主義というのは富を得た者がどんどん有利になってしまいがちのシステムです。乗り遅れた者が立場を逆転しようとしても、今回の金融危機のような出来事がなければ極めて困難です。大手証券会社のCEOは議会証言で「我々が救済されていなければ金融システムは崩壊し、国民の生活はもっと悪くなっていたはずだ」といった内容の発言をしています。しかし恐らく多くのアメリカ国民は、「我々の生活は悪くなったかもしれないが、ルールに則って立場が逆転する事の方が重要」と考えている事だと思います。根本から考え方が異なっているのです。

失業率が10%に上る中、恐らくその失業者がこれまで払ってきた税金を含めた公的資金で大手証券会社が救済され、そして一年も経たないうちに巨額のボーナス支給を再開したのには私も驚きました。そもそも「得た保険料をボーナス払いに回してしまって、災害が起きた時には支払う保険金(資本)がなかった」のが問題なのですから、今後は反省して、ボーナス払いを止めて資本を増強するものだと思っていました。少なくとも、アメリカ国民の怒りが収まるまでは……巨額のボーナス支給を再開し、今後も過小資本を継続するのだったら、全く反省がないと言わざるを得ません。

国民の怒りはオバマ大統領の支持率低下にもつながり、目玉であった医療保険改革が難航する一つの要因にもなっています。中間選挙を控えて大手金融機関に対する風当たりはますます強まっていく事でしょう。実際、アメリカの主要株価指数は先週、15カ月ぶりの高値を付けましたが、実は大手金融機関の株価は既に昨年8月から横ばい推移が続いています。以前、当コラムでも「米国株の天底形成には6カ月かかる」事をご紹介しましたが、そろそろそのタイミングにも差し掛かっているのです。

(2010年1月16日記)