当コラムでも度々ご紹介してきましたが、我々の運用方針は「良いビジネスを安く買う」事です。これだけであれば一般にバリュー投資と言われるものでしょう。しかし我々はバリュー投資を発展させ、「そもそも市場が効率的であれば、良くて安い株など存在しない」という考え方を取っています。その上で「良いビジネスを安く買」おうと思えば、市場、又は個別株がどのような時に効率的でなくなるか、そのような機会を徹底的に狙うという戦略を取っています。我々はこれを「スペシャルシチュエーション・バリュー」(特別な機会に特化したバリュー投資)と呼んでいます。

個別株で「特別な機会」はスピンオフ(分離・独立)、合併・買収、破綻後の再生、新規公開など多数のパターンが挙げられます。しかし時に、このような個別株の「特別な機会」以外に、市場全体として「特別な機会」が提供される場合があります。昨年のリーマン・ショック以降の相場は正にそのような状況だったと言えます。このような時には、「より良いビジネスがより安く買える」という状況が起こります。実際昨年以来、このような状況で投資する機会に恵まれた3つの銘柄をご紹介したいと思います。

1つ目の銘柄は検索大手グーグル(GOOG)です。このコラムや講演会等で幾度かご紹介しましたが、私はグーグルは非常に「良いビジネス」だと考えています。要は株価が安いという条件さえ満たせば「買い」なのですが、1回目のチャンスは2004年の新規公開時にやってきました。通常新規公開と言えば高い株価が付くものなのですが、当時は全く反対で、メディアを中心にグーグル株不買い運動のようなものが起こっていました。不当に安い株価での公開となった局面を捉えて投資を実行しました。そして2回目のチャンスは「リーマン・ショック」でした。「リーマン・ショック」の本質が何であるかさえ分かっていれば、グーグル株を買うというのは怖い事ではないはずです。昨年10月、310-320ドル近辺で結局ファンドの約18%まで買い進む事ができました(その後グーグル株は250ドルまで下落した後、現在550ドル)。

2つ目の銘柄はエンジニアリング大手KBR(KBR)でした。KBRは2007年に資源サービス会社ハリバートンからスピンオフした会社です(我々はスピンオフを「良いビジネスを安く買う」最も魅力的な機会と位置付けています)。スピンオフという事で、当時からずっと注目していたのですが、なかなか株価が安くなる機会を提供してくれませんでした。初めて機会を提供してくれたのは「リーマン・ショック」でした。それまで20-30ドル台で推移していた株価は10ドル台に突入。しかし1株当たり14ドルの現金を保有する同社にとって、14ドル以下の株価は説明が付かない水準と言えました。こちらも昨年10月に14ドルに達したため投資を実行する事ができました(その後KBR株は10ドルまで下落した後、現在24ドル)。

3つ目の銘柄は記憶装置大手のEMC(EMC)でした。EMCもスピンオフに関連した銘柄で、2007年にVMWareという仮想技術の会社を分離しています。VMWareという成長企業を切り離してしまった事で、市場の成長期待が萎んでしまったのでしょう。株価は下落の一途でした。しかしスピンオフとはいえ、その後もEMCはVMWare株の80%以上を保有していたのです。我々の計算では保有するVMWare株の価値だけで1株当たり5ドル、EMC本体の価値だけで11ドル、合計1株16ドルの価値があると見ていました。こちらもリーマン・ショック後の下落場面を捉えて、ほぼ10ドル台で投資を実行する事ができました(その後EMC株は8ドル台まで下落した後、現在17ドル)。

確かに「リーマン・ショック」は世界経済や金融市場にとって大きなピンチでした。しかし上述の通り、ピンチというのは同時にチャンスでもあります。ハイテクバブルが崩壊した2000年、同時多発テロが起こった2001年、不正会計問題が起こった2002年、イラク戦争が始まった2003年、そしてリーマンショックの2008年、いずれも例外ではありませんでした。今後も株式市場には色々な局面が訪れる事と思います。しかしどのような局面が訪れようと、実はそれをピンチと捉えるか、チャンスと捉えるかの方が重要だと考えています。

(2009年10月26日記)